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2019.9.18
新規事業の撤退基準をどのように定めるべきか
新規事業

新規事業の撤退基準をどのように定めるべきか

「勝つ企業」は、新規事業の撤退基準を明確に定めています。 代表例を見てみましょう。

*具体例は、一般に公表されている各社の基本的な考え方を「参考」としてリスト化したものであり、掲載企業が現時点においてこの撤退基準を全事業に対して適用しているとは限りません)

 

なぜ、「新規事業を立ち上げる際には、あらかじめ撤退基準を定めておく」ことが大切なのか

「新規事業を立ち上げる際には、あらかじめ撤退基準を定めておくべきだ」ということがよく言われます。それはなぜでしょうか。

まず、当たり前のことではありますが、あらかじめ撤退基準を定めておかなければ、成功しているのか失敗しているのかすら分からないままズルズルと事業を続けていってしまうような状況に陥りかねません。

そして、実はとんでもない失敗をしてしまっていることに気が付かないまま、気が付いた時には、取り返しのつかないようなところにまで沈んでいってしまっていたということにもなりかねません。

裏を返せば、あらかじめ明確に撤退基準を定めておけば、「致命傷になる前に手を引くことができる」という安心感を持って、思い切って新規事業に挑戦することができるようになるわけです。

また、あらかじめ撤退基準を定めておくことで、「XXまでにXXをクリアしなければ事業を継続できなくなる」という差し迫った状況に自分達を追い込んでいくこともできますから、「ダラダラせずに頑張れるようになる」という副次的な効果もあります。

このように、新規事業を立ち上げるにあたって「あらかじめ撤退基準を定めておく」ということは経営上極めて重要なことです。そして、であるがゆえに、「どのように撤退基準を定めるか」ということが新規事業の成功確率にも大きく関わってくるのです。

 

どのように撤退基準を定めていくべきなのか

「どのように撤退基準を定めていくべきなのか」という問いに、正解はありません。 この問いに対してどのような答えを出すか?にこそ、経営者や経営陣の個性と商才が現れる、とも言えます。

しかしながら、パターンは、限られているものです。選択しうるパターンを俯瞰したうえで、自分達の会社・事業に「しっくりくる」撤退基準を定めていくことが肝要です。

 

「撤退基準の定め方」のパターン

最初に、全体像を俯瞰してみましょう。「撤退基準の定め方」は、以下のようなパターンで整理することができます。(他にもいろんな整理の仕方があると思いますが、ひとつの整理の仕方として、参考にしてみてください。)

 

「撤退基準の定め方」には、大きく2つのパターンがあります。 一つ目は、割とオーソドックスなパターンですが、「計画に対する【達成/未達成】ないし【達成率】で判断する」というものです(上の図のブルーの領域)。

「あらかじめ定めていた計画に対して、達成が思わしくなければ、撤退する」という、わかりやすい考え方です。その中に、細かなサブパターンがあります。

このパターンのメリットは、「あらかじめ、厳密に、数値計画に基づく撤退基準を定量的に定めておくので、撤退判断をするに際して主観を挟む余地が少なく、ドライに判断できる」ということにあります。

二つ目は、採用している企業はそう多くないかもしれませんが、「撤退判断を行う時点での市場・競合・自社の【状況】で判断する」というものです(上の図のオレンジの領域)。

要するに、「撤退判断を行うタイミングにおける【状況】を見て、「いける」と思えれば継続するし、「これはまずい」と思ったら撤退する」という、ある意味で柔軟な考え方です。その中に、細かなサブパターンがあります。

このパターンのメリットは、「計画を立てた時点では分からなかった、最新の【状況】に基づいて、最適な判断を行える」ということにあります。

「計画」は「計画」に過ぎないわけですから、実際に新規事業を立ち上げた結果、社内外問わず、状況が大きく変化することもあるわけです。また、「事業を始めてみて初めて分かること」というのもたくさんあるわけです。それにも関わらず、最初に立てた計画だけに過剰に固執してしまうと、「もうちょっと頑張り抜けば大成功できたのに、中途半端なタイミングで撤退してしまった」という残念な結果を招いてしまったり、「計画通り進捗しているから順調だと思って事業継続していたが、実は、市場環境が大きく変わっていて、実際には全然うまくいっていない状況だった」という残念な結果を招いたりしてしまうことにもなりかねないわけです。

したがって、「最新の【状況】を見て判断する」という撤退判断を好む経営者・経営陣もいます。しかし、このやりかたには、「どうしても最後は主観的な判断となってしまうため、見立てを誤ると大失敗してしまう」というリスクを孕むというデメリットがあります。一長一短あるわけです。

それぞれのパターンについて、具体的な撤退基準の定め方を、掘り下げてみてみましょう。

 

「計画に対する【達成/未達成】ないし【達成率】で判断する」パターン

●KPIの【計画対比】で判断する

まずは、「KPIの【計画対比】で判断する」という方法があります。

「勝者が市場のすべてを支配する(ウィナー・テイクス・オール)」と言われるITビジネスの世界では、特によく使われる方法です。

利益うんぬんよりも、まずは、トップラインとしての「売上の額」、もしくは、その先行指標となる「利用者の数」「サービスの利用回数」などが計画に沿っているかどうかで判断する、という方法です。

例えば、サイバーエージェントの藤田社長がかつて表明していた「リリース後4ヶ月の時点で、コミュニティなら月間300PV(ページビュー)、ゲームなら月間売上1000万円を超えない場合撤退する」というようなスタイルです。

シンプルでわかりやすいですし、とにかく「成長スピードと規模(市場シェア)が勝負」の業界においては最も有効な撤退基準の定め方であると言えるでしょう。

●PL(会計上の損益)ないし投資回収率等のキャッシュベースの【計画対比】で判断する

いっぽう、よりシビアに、「PL(会計上の損益)ないし投資回収率等のキャッシュベースの【計画対比】で判断する」という方法もあります。会社は、利益を上げなければ存続できませんから、最も保守的な撤退基準であると言えます。したがって、撤退基準としてこのパターンを採用する企業が一番多いと考えられます。

▼「X年以内に黒字化できなければ撤退」

▼「当初の投資限度額の中で事業継続できなければ撤退」

(例:DeNA社のサービスインキュベーション事業部の場合、1000万円を元手にサービススタートし、キャッシュアウトのタイミングで事業継続可否が判断される)

といった形で、PL(会計上の損益)や、投資回収率・投資限度額といったキャッシュベースの計画に対して一定のラインを割り込んでしまったら撤退とする、というように基準を定めていくパターンです。

このパターンのデメリットは、PLベースの場合、その事業に直接的に関わるコストであったとしても初期投資にかかる減価償却費や一時的な広告宣伝費などをどの程度評価から差し引くべきかや、その事業に直接的に関わらない間接的な共通コストをどこまで織り込むかの判断が難しかったり、その事業に直接的に関わらない間接的なシナジー効果やブランド価値向上効果をどのように織り込むかの判断が難しい、という点にあります。

要するに、新規事業ひとつ取り出して「黒字だ/赤字だ」を判断するといっても、そう簡単なことではない、ということです。

また、あまりにPL・キャッシュの計画にガチガチにとらわれてしまうと、本来、競争上、思い切って初期投資額や広告宣伝費を増加すべきようなタイミングで、過度に抑制的になってしまう恐れがある、というリスクもあります。要するに、「事業継続自体が目的となってしまって、事業が目指していたビジョンやゴールの達成をないがしろにしてしまう」ことになってしまう恐れがある、ということです。

このように、デメリットも数多くあるパターンではあるものの、「事業継続には利益創造や投資リターンが必要不可欠である」というのは、どんな企業であれ「避けようのないリアリティ」ですから、完全に無視することはできないやりかたであると言えるでしょう。

 

「撤退判断を行う時点での市場・競合・自社の【状況】で判断する」パターン

計画に対する進捗だけにとらわれるのではなく、「撤退すべきか否か」を判断するまさにそのタイミングにおける最新の【状況】で判断をするパターンを採用することも選択できます。そのパターンの中にも、「どこにフォーカスして判断を行うか」によって、いくつかのサブパターンが存在します。

事業戦略を策定する際の有名なフレームワークである3CCustomer=市場/顧客、Competitor=競合/競争環境、Company=自社)で掲げられている3つの領域のうち、どの領域にフォーカスするかによって、サブパターンが分かれます。

●市場(顧客)の【状況】で判断する

「今現在どれくらい利用されているか」ではなく、「このまま行ったときに、将来、どれくらい、利用してもらえることになりそうか」から判断するというアプローチです。

言うまでもなく、こうした判断を行うことは、極めて難しいものです。しかし、こうした判断を的確に行うことができれば、「未来のチャンスをみすみす手放してしまう」ことはなくなります。

撤退判断に際してこうした予測を行うための具体的な方法として、例えばDeNA社では、「ユーザーの熱量」や「満足度の伸び」などを判断材料としていると言われています。

要するに、非常に満足していて熱量の高い顧客が存在していれば(かつ、数は少なくとも増加基調にあれば)、どこかのタイミングで爆発的に成長を始める可能性がある、というわけです。

このアプローチを採用する場合の他の具体的な手段としては、「SNSでのポジティブ言及数の推移の確認」や、「自社の問い合わせフォーム等に寄せられたお客様からのお褒めの声の数の推移の確認」といった方法を用いることも考えられるでしょう。

●競合(競争環境)の【状況】で判断する

「自分達で立てた計画に対して絶対的にうまくいっているかどうか」ではなくて、「競争の中で相対的に勝てているか/圧倒的に勝てる見通しを持てるかどうか」で撤退判断を行う、というパターンです。

有名な事例としては、当初「オンデマンドデリバリーサービス」の事業を営む会社として創業されたものの、1年も経たないうちにその事業からの撤退判断を断行、事業領域をレシピ動画のメディア事業にピボットし、結果、ヤフーグループ入りするところまでの事業成長を実現させたdely社の事例があります。

この時の撤退判断の理由は、「市場で圧倒的に1位を取る可能性がかなり低い」と判断したため、というものでした。言ってしまえば、「そこそこ計画通りに進んでいて、それなりに成長していて儲かっていようが、競合企業群に圧倒的に打ち勝てる可能性が見通せないのであれば、断固撤退する」という、極めて目線の高い撤退基準です。

delyの堀江社長は、当時、「このままでは中小企業になってしまうと直感的に感じました」と語っています。要するに「世界を制覇する超メガベンチャーになれないのであれば、事業を継続する意味がない」と判断した、ということになります。

このように、「どこまでの水準を目指して事業を営むか」によっても、撤退基準の定め方は大きく変わってきます。

●自社の【状況】で判断する

いっぽう、外を過剰に意識するのではなく、ただただ己(自社)を見つめて、「自分たちはこれから引き続き戦い抜いていけるのか」「そして圧倒的に勝利することができるのか」という観点から撤退判断を行うというアプローチもあります。

これは、自分達の戦い方に圧倒的な自信を持っている強者こそ取り得る戦略であるとも言えるでしょう。

例えば、「差別化のできていないものなどはすぐに撤退」とするユニクロのファーストリテイリング社などが代表例でしょう。要するに「自分たちは、事業として存続させるに値するだけの<意味のあるもの>を作れているのか?」を考え抜いた上で事業継続可否を判断している、ということです。

また、リクルート社の「数値データが不振であることを理由に突然撤退を判断することはなく、事業開発チームが問題のブレイクスルーを提案できるかどうかをもとに、撤退を決める」というアプローチも、印象的です。要するに、撤退判断を行うにあたっては過去だけを見ても意味がなく、「これから先の未来をどう作っていけるのか」次第であるというふうに考える、というわけです。これは、「事業継続していくに値するだけの覚悟を、事業責任者・担当者たちは持てているのか?」を問うていく、ということでもあります。そうした覚悟が伴っていないのであれば、そうした事業は、いずれ必ず撤退を迫られることになっていくでしょう。その覚悟の「ありやなしや」でもって撤退判断を行うというリクルート社の姿勢には、「さすがリクルート」と唸らせられるものがあります。

そして、数多くの新規事業を圧倒的に大成功させ、日本を代表する超巨大企業となったソフトバンク社についても、撤退基準に関する有名なエピソードがあります。

それは、孫正義社長の、「体力の3割を失いそうだと思ったら、退却する」「生き残れなくなるほどの負け方をしない」という言葉です。

この言葉の解釈には、さまざまなバリエーションがありますが、要するに「その投資に失敗して撤退・清算をすることになっても、グループ全体の事業価値の3割を超える損失が出ないようにしている」ということがその主旨である、という解釈が最も一般的です。

絶対に潰れない、死なない、成功させるまでなんとしてもやり抜くのだ、という、孫社長の凄まじい覇気が伝わってくるようです。

撤退(退却)に関する孫社長の有名な発言としては、他にも、「退却をやれた男だけが初めてリーダーとしての資質がある。意地で事業を続ける奴はバカだと思え。退却できない奴はケチだと思え。ケチな奴はリーダーになってはいけない。」というものがあります。

これは、事業単位で見れば、ある種の「早期撤退奨励論」のようにも見えますが、実際には、「ダメな事業は、会社に致命的な影響を与えるところまでいかないうちに潰して、会社としては絶対に滅ばない」という意思の現れであるわけです。そして、「会社に致命的な影響を与えるところまでいくまでは、徹底的にやり抜く」という意思の表れでもあるわけです。

実際に、孫社長は、「このままいったら本当に危ないのでは」と思われるような局面でもギリギリまで事業を継続させ、結果、事業を大成功に導いた経験を何度も何度も繰り返してきました。

「プライドや見栄でカッコつけない」というのが孫社長の真髄であって、孫社長は「間違えた!」と思ったら、臆面もなく戦略を切り替えます。撤退判断も行います。それが孫社長の撤退に対する考え方の真意であって、決して、「うまくいかなかったらすぐにやめてしまえ」というような軽い話ではないのです。

 

優れた「撤退基準」を持つことで「新規事業」の成功確率は高められる

ここまでで見てきたとおり、「撤退基準」というものは、まさに企業の経営戦略そのものであり、経営者の経営思想が最も色濃く反映されるものなのです。

この「撤退基準」をあらかじめ入念に練り上げておくことで、新規事業の成功確率は飛躍的に高まると言えます。

新規事業をつくりあげるタイミングで「撤退」のことを考えるというのも気が滅入る話ではありますが、「勝つ経営者」こそ、「撤退」について考え抜いているものです。ぜひ、「新規事業を成功させるための撤退基準」について、共に考えていきませんか?

問い合わせ先


【代表取締役】
津島 越朗
【設立】
2016年 10月21日
【本社所在地】
東京都渋谷区恵比寿3丁目9番25号 日仏会館5階
【事業内容】
新規事業立上げの支援・コンサルティング
【公式サイト】
https://unlk.jp/