大企業が継続的に成長するためには、既存事業に加えて新規事業の創出が欠かせません。
その手段の一つとして注目されているのがボトムアップ型のアプローチです。
現場の社員から新事業アイデアを汲み上げ、組織全体で育てていくボトムアップ型のアプローチは、トップダウン型と比べて異なるメリット・デメリットがあります。
本コラムでは、ボトムアップ型新規事業開発の基本概念から、社員のアイデア創出手法、社員を巻き込む制度、経営層との合意形成のポイント、そして成功事例までを網羅的に解説します。
目次
ボトムアップ型とは、現場の社員が主体的に新規事業のアイデアを立案し、経営層がそれを承認して実行に移すスタイルのことです。
トップダウン型が上層部主導で進むのに対し、ボトムアップ型では現場発のアイデアによって新規事業を生み出します。
近年、大企業の新規事業開発においては、経営陣の発想だけでは多様化する市場ニーズに応えきれないケースもあるため、ボトムアップ型への期待が高まっています。
トップダウン型アプローチとボトムアップ型アプローチとの違いについて知りたい方は、こちらのコラムをご覧ください。
新規事業成功の鍵はミドルにあり!トップダウンとボトムアップを繋ぐ中間管理職の役割
ボトムアップ型新規事業のメリットとデメリットは、以下のとおりです。
ボトムアップ型は、現場発のアイデアを採用しているため、顧客のニーズや現場の課題を反映しやすく、新商品の市場適合性が高まります。
また、多様な人材から多数の意見が出ることで斬新な発想やイノベーションが生まれやすく、社員の主体性・創造性やモチベーション向上にもつながります。
経営陣が現場の声に耳を傾ける姿勢を示すことで、社員一人ひとりが自社の未来を考えて前向きに取り組む企業風土を醸成できるでしょう。
ボトムアップ型では、多くの社員のアイデアを集約・検討していくプロセス上、提案を一本化するのに議論を重ねなければなりません。
そのため、ボトムアップ型はトップダウン型より工程が増えてスピードが落ちる傾向があります。
また、現場起点ゆえに発想が各現場の延長線上にとどまり大胆な全社横断の施策が出にくい傾向も指摘されています。
さらに、「現場社員の質」に成果が左右される面もあり、適切なリーダー育成やアイデアの目利きがいないと、有望な意見をまとめきれません。
こうした特徴から、ボトムアップ型は現場の判断が多く求められる企業や、従業員に高い専門性・創造性を期待する企業に向いているとされます。
ボトムアップ型の新規事業創出では、まず社員から多くのアイデアを引き出す仕組みが必要です。
ここからは、代表的な手法を紹介します。
新規事業におけるアイデア出しにお困りの方は、unlockのアイデアプランニングをご利用ください。
アイデアソンとは、短時間で集中的にアイデア創出を行う社内イベントです。
限られた時間内でチームごとにアイデアを出し合い、課題解決や新しい価値の創造を目指します。
近年、多くの企業が新規事業創出やDX推進、組織活性化の手段としてアイデアソンに注目しており、自由な発想を引き出す「知的な祭典」とも言われます。
社内コンテストとは、社員からビジネスプランを募り、優秀案を表彰・事業化する仕組みです。
一例として、リクルートでは年次コンテスト「Ring」を通じて社員の事業アイデアを公募し、『ゼクシィ』、『HOT PEPPER』、『カーセンサー』、『スタディサプリ』といったヒットサービスを次々生み出してきました。
また、サイバーエージェントでも社内有志が企画した新規事業プランコンテストを開催し、社員が自らの熱い思いを社長や役員に直接プレゼンできる場を設けています(Hands-UP PITCHなど)。
このようなピッチコンテスト形式は、埋もれていた才能や斬新な発想を掘り起こす効果があります。
また、優勝チームには事業化に向けた予算・リソースが提供されるケースも少なくありません。
社内コンテストの運営等に興味がある方は、こちらのコラムをご覧ください。
新規事業ビジネスコンテスト運営で失敗しないために~はじめての事務局向けマニュアル~
部署の枠を越えて社員を集め、新規事業のアイデア創出したり、ブラッシュアップしたりする部門横断型ワークショップも有効です。
部門横断型ワークショップでは、異なる専門知識や視点を持つメンバーを意図的に混ぜることで、多様な発想の融合が促進されます。
実際、新規事業立ち上げのプロジェクトチームを組成する際には、できるだけ部門横断で人材を集め、専門性の異なるメンバーによる多角的な検討を行うことが重要だとされています。
こうしたワークショップを通じて社内のサイロ化を破り、部署間の協力関係やイノベーション文化を醸成できるでしょう。
特定の課題テーマに対して自由な発想でアイデアを出すブレストの場や、創造的思考法を学ぶ研修を実施する企業もあります。
一例として、大塚商会ではアイデアソン開催前に「正しいブレインストーミングの方法」を学ぶ研修により、社員が多彩なアイデアを発想できるよう支援しました。
こうした準備によりアイデアの量と質を高め、社内コンテストや提案制度へつなげられます。
また、多産多死(多数のアイデアから僅かが事業化に至る)モデルが前提となる新規事業開発では、まず入口でできるだけ多くのアイデアを集めることが成功へとつながります。


現場の社員に新規事業創出へ積極的に参画してもらうには、制度設計や支援体制を整えることが重要です。
ここでは、社員を巻き込むための主な施策を紹介します。
社員が通常業務と並行して新規事業プロジェクトに携われる制度を設ける企業が増えています。
一例として、丸紅では2018年から全従業員の勤務時間の15%を「社内副業」に充てることを義務化し、新しい事業アイデアの考案や異部門での業務参加を促しています。
また、KDDIでも2020年より就業時間の約2割を別部署の業務に充てられる社内副業制度を開始し、正社員約1.1万人を対象に展開しました。
こうした内発的な兼業制度により、社員は本業以外の分野に挑戦できスキル習得や視野拡大につながるうえ、組織としても部署の壁を越えた人材交流によるイノベーション創出が期待されています。
社員が安心して新規事業提案に時間を割けるように、人事評価制度に組み込むことも有効です。
KDDIのように新規プロジェクトでの成果を評価に加味したり、優秀な提案者を社内表彰・昇進で報いる仕組みがあると社員のモチベーションが高まります。
また、リクルートでは「New Ring/Ring」の入賞者を事業責任者に抜擢したり、新会社の経営陣に起用したりするなど、挑戦する社員に大きなキャリア機会が与えられるでしょう。
評価面でのインセンティブ付与は、日常業務に埋もれがちな社員の創造的チャレンジを後押しする効果があります。
現場の有志だけで新規事業を推進させても、時間・スキル・情報・資金などリソースが圧倒的に不足します。
そのため、社内の経験者や専門部署(事務局)がサポーターとして付き、必要な助言やスキル補完、人脈紹介などを伴走して支援する体制を導入している企業も少なくありません。
一例として、新規事業開発の専門部署を設けて各案件にメンターを割り当てたり、外部の起業家・専門家とマッチングしてアドバイスを受けられる制度を用意したりします。
人間一人では、熱い志も持続しないため、組織として複数人でチームを組み、定期的にメンタリングやレビューを実施する体制が必要です。
これにより、提案者のモチベーション低下を防ぎ、仮説検証のPDCAを回していく推進力を維持できます。
また、挑戦を歓迎し失敗を咎めない評価風土を築くことで、社員は安心して新規事業にコミットできるようになります。
メンター制度を成功させるポイントについて詳しく知りたい方は、こちらのコラムをご覧ください。
新規事業に取り組む社員には、一定の稼働時間や裁量を与えなければなりません。
社内ベンチャー制度を運用する企業では多くの場合、「業務時間の○割まで新規事業に従事可」や「週○時間はアイデア開発に充当」などのルールを明文化しています。
一例として、サイボウズはかつて「100人が100通りの働き方」を掲げ、柔軟な勤務形態で副業や社内プロジェクト参画を認めました。
こうした時間的ゆとりと両立支援策が無いと、日々の本業に追われてせっかくのアイデアも実現までに莫大な時間を要することになります。
期間・予算・勤務時間などのルールを適切に設計し、社員が一定の余力で事業構想に向き合える環境を用意しましょう。
ボトムアップ型であっても、最終的な経営判断や組織的支援を得るためには経営層の巻き込みが欠かせません。
ここからは、現場主導の新規事業を成功に導くために、経営陣との合意形成を図る具体的な方法を解説します。
図:社内ピッチイベントの様子。社員が新規事業アイデアを経営陣にプレゼンし、フィードバックを受けることで経営層の理解と支援を得る。
ピッチイベントとは、社員がブラッシュアップした新規事業プランを、社長・役員クラスに向けて発表することです。
最終審査会のような形でプレゼンテーションの場を用意すると、経営層が事業提案の熱量や潜在力を直接感じ取れます。
実際、大塚商会の社内アイデアソン本選では、マーケ担当役員や技術担当役員、人材開発部長など複数の役員が審査員として参加し、社員のプレゼンに耳を傾けました。
また、経営陣が審査員や観客として関与することで、トップの関心度が高まり、優秀案に対してはその場で「ぜひ事業化を進めてほしい」というコミットメントを引き出すこともできます。
さらに、プレゼンの質疑応答を通じて経営視点での助言や懸念点を共有できるため、早い段階で経営層と認識をすり合わせられます。
現場発のアイデアを経営層に理解・評価してもらうためには、わかりやすい事業計画書のフォーマットを用意することが効果的です。
多くの企業では、新規事業提案用のテンプレートを定め、市場性・実現性・収益性(競争優位性)といったビジネスの基本項目を盛り込むよう求めています。
評価側である経営陣も、この共通項目にもとづき各アイデアのポテンシャルを見極める視点を持つことが重要です。
「先進性」、「独自性」、「実現性」、「インパクト」などを審査のポイントとして明示しておくことで、提案者もその観点に沿ってプランを練り上げられるでしょう。
それにより、統一フォーマットにより経営層と提案側の共通言語ができ、合意形成がスムーズになります。
新規事業開発において、各段階(ステージ)の節目で経営判断のゲートを設ける「ステージゲート法」も有効な手法です。
多くの大企業で採用される仕組みで、審査を通過するごとに段階的に予算や人員を付与し、最終ゲートで社長・役員が事業化ゴーサインを出します。
ステージゲート法では、アイデア募集⇒検証⇒事業計画⇒事業化といった0〜3のステージを設定し、ステージごとに続行か中止かを経営陣が審査しなければなりません。
一例として、リクルートでは、年1回の提案募集から一次・二次…と審査を重ね、選抜案にリソース投入、最後は経営陣による最終審査で新規事業部門として正式発足する流れを踏襲しています。
ステージゲート制のメリットは、小さく産んで大きく育てることです。
初期段階では、少額投資で多くのアイデアを走らせます。
そして、ステージが進むにつれて評価基準を厳格化し投資規模も拡大することで、無謀な大型投資を避けつつ有望案件を見極められます。
ステージゲート制で重要なのは、審査基準を公正かつ透明に設定することです。
市場性・収益性など客観項目にもとづきつつ、提案者の情熱や迅速な行動力といった定性的要素も考慮します。
経営陣が新規事業の重要性を認識し、自ら旗振り役になるのが理想です。
しかし、現実には忙しいトップにいきなり提案書を持ち込むのはハードルが高いでしょう。
そのようなときは、ボトムアップの活動実績をまず積み上げてからトップを巻き込みましょう。
一例として、小さなアイデアコンテストやワークショップを社内で開始し、ある程度盛り上がってきた段階で経営層に「審査員をお願いできますか」、「見学にいらしてください」と声をかけます。
実際に社員の熱意あふれる様子や斬新な発想に触れることで、経営トップも「我が社にもこんな芽があるのか」と関心を寄せ、上層部主導で支援策を打ち出すきっかけになるかもしれません。
実際に、ソニーでは社内新規事業促進プログラム(Sony Startup Acceleration Program)の取り組みを通じ、経営層が新規事業創出のリーダーシップを取る文化を根付かせています。新規事業で重要なのは、経営層と現場の双方向コミュニケーションです。
トップから「新規事業は会社の未来に重要」という明確なメッセージを発信しつつ、現場からも成功体験や学びをフィードバックすることで、全社的な合意形成とサポート体制が強固になります。


最後に、ボトムアップ型新規事業開発を実践し成果を上げている日本企業の事例をいくつか紹介します。
リクルートホールディングスは、1980年代から社内新規事業提案制度「New RING(現・Ring)」を運用し、社員発のビジネスを数多く事業化しました。
結婚情報誌『ゼクシィ』、クーポン誌『HOT PEPPER』、中古車情報『カーセンサー』、オンライン教育『スタディサプリ』などはいずれも社員提案から生まれた事業です。
同制度は全社員が年2回自由に応募可能で、プレゼン審査を通過すれば新規事業として開発スタート、最終的に独立事業部やグループ会社化されます。
また、長年にわたり制度が根付いている背景には、「自ら新規事業を創る0→1の精神がリクルートの文化の原点」というトップメッセージがあり、社員の起業マインドを会社が積極的に支援しています。
大手総合商社の三菱商事では、1990年代に社内ベンチャー第1号として立ち上がった「スープストックトーキョー」が有名です。
スープストックトーキョーは、若手社員だった遠山正道氏の「身近な人の役に立つ仕事がしたい」という想いから発案され、1999年にお台場に1号店を開業しました。
当時は珍しかった「食べるスープの専門店」という新業態がヒットし、2015年に全国70店舗超まで成長し、2016年には分社化して株式会社スープストックトーキョーが設立されました。
この成功には、経営陣の推薦による支援と社内独立を認める懐の深さがあったと伝えられています。
以降、三菱商事では継続的に社内起業制度を運用し、新規事業の創出に取り組んでいます。
インターネット企業ならではのスピード感で次々と新規事業を生み出しているのがサイバーエージェントです。
同社は、「21世紀を代表する会社を創る」というビジョンのもと、新卒社員にもどんどん事業責任者を任せています。
社内から誕生した代表的な事業が、ブログサービスの「Amebaブログ」です。
Amebaブログは、社員の提案でスタートし、多くの有名人も利用する国民的プラットフォームに成長しました。
また、スマホゲーム開発子会社の「Cygames」も社内から立ち上がり、『ウマ娘プリティーダービー』などヒット作を連発してグループの収益柱となっています。
さらに、経営面では2000年代から社長直轄の新規事業支援制度(かつての「CAJJプログラム」)を敷き、各事業を半年ごとにランク評価して投資継続か撤退かを判断する仕組みを導入しました。
そして、近年は「あした会議」と称する経営陣と社員の合同ブレスト合宿や、新規事業専門の子会社を設立するなど体制を強化しています。
製造業の雄であるトヨタも、社内新規事業に積極的です。
同社は、1989年に「事業開発部」を設立し社内起業制度をスタートしました。
一例として、世界初の量産ハイブリッド車「プリウス」開発は環境課題に挑む社内プロジェクトから始まり、トヨタを代表する成功事例となりました。
また、2018年以降は社員が社会課題解決型ビジネスに挑戦する「B-Project」を運営し、現場に赴いて課題の本質を体感・調査する「DeepDiveコース」を設けるなど、アイデアの種を現場主義で育てる取り組みも行っています。
さらに、2023年には新たに「BE creation」という包括的な新規事業支援プログラムを始動し、ビジネスアイデアの発案から事業化まで一貫支援する体制を整備しました。
このように、長年培われた「挑戦のDNA」と制度面の拡充により、持続的なイノベーション創出を目指しています。
実は、「無印良品」ブランド自体が西友(スーパー)の社内ベンチャーから生まれたものです。
1980年当時、西友のプライベートブランド企画として社員が提案しスタートした無印良品は、「シンプルで高品質な商品を適正価格で提供」という独自コンセプトが支持されていました。
やがて、無印良品は分社化して世界的ブランドへ成長しました。
このケースでは親会社の豊富な資金・ノウハウを活用しつつ、新ブランド運営チームには独立性と迅速な意思決定権を与えることで成功したと分析されています。
今回は、ボトムアップ型新規事業開発の基本概念から、社員のアイデア創出手法、社員を巻き込む制度、経営層との合意形成のポイントなどを解説しました。
日本企業においてもボトムアップ型の新規事業創出で成果を収めている事例は多数あります。
共通するのは、社員の創造性を引き出す仕組みと経営のバックアップを両立させている点です。
明確なビジョンの共有、挑戦を称賛し失敗を許容する文化、適切な制度設計とリソース配分、そして現場と経営層の信頼関係が、新規事業成功の鍵となります。
社内から次なる事業の芽を着実に育て、持続的な成長軌道に乗せましょう。

