



塩野義製薬さまは、2030年に向けて、全社的に新規事業の推進を重要項目のひとつとして掲げていらっしゃいますね。「やりたいねん!」をスタートされた経緯や目標とされていることはどのようなことですか?


弊社は創立以来145年間、医療用の医薬品を作ってきました。我々のミッションは患者様に【最もよい薬を提供する】ことなんですが、外部環境の変化もあり、それを【最もよい”医療のサービス”を提供する】というふうに読み替えて、薬だけではないソリューションを新規事業として立ち上げていこうとしています。
それに紐づけて3年ほど前から「やりたいねん!」を始めました。薬以外あるいは医療保険以外のビジネスの提案をきちんと評価して拾い上げようという社長の発案がきっかけです。
我々事務局も、社員の中にあるアイデアや情熱を拾い上げていきたいと思う反面、採択なしの年が続き、本当に質の良い提案を実現させられるかは挑戦でもありました。
社長賞というものを10年前から年間行事の一つとして実施していましたが、該当年度を振り返って表彰する形でしたので、もう少し時間軸を前に向け、まだ成果はでていなくてもチャレンジしていることを評価したいという機運が高まりました。そして、社長賞を、新規事業や新しい取り組みに経営陣から後押しを得られる機会として使ってみよう、と社員が発奮してくれることを期待して始まったのです。
また、「やりたいねん!」が始まるのと同じ頃に、中期経営計画で「HaaS(Healthcare as a Service)」という造語もでき、もう少し幅広いヘルスケアソリューションに取り組み、企業として発展していくための仕掛けのひとつとして、今に至ります。
今回の「やりたいねん!」のテーマは、『世の中を変えるわくわくさせるような提案』と『SHIONOGIがHaaS(Healthcare as a Service)企業に変革するためになすべきことの提案』でした。
起案者として初めて参加され、アイデアが採択された田中さま、参加されようと思われたきっかけは何だったのでしょうか?


一番のきっかけは、僕がやりたいことを、一人ではなく全社一丸となってやりたいと思ったことです。
新規事業部に所属しており、やりたいことの実現に向けて方々に走り回ってインタビューして、知見を広げたり技術を探したりしていたのですが、ものすごく時間がかかりました。また、僕がやろうとしていたことはサイエンスが肝になる事業で、塩野義製薬の強みを最大限かつ効率的に生かす必要があったので、やはり全社的なバックアップが必要だなと。
そのバックアップを得るためには、「やりたいねん!」で採択されるという後ろ支えが必要だなと思いました。
応募するにあたって抵抗とかはなかったですか?日本ではためらう方が多いような印象がありますが。
あんまり抵抗はなかったですね。


何かそういったご経験があったとか?
経験はなかったですが、アイデアを出したり形にするのがもともと好きでこの部署に入ったのもあるんですけれど、周りがアイデアをどんどん出していこうという雰囲気だったので「応募してみよう」と思えたし、意気込みにつながったと思います。
そういった雰囲気があるのはすごいですね。どうやってそういった雰囲気を作っていかれましたか? 他の会社さんは苦労されていることが多いように感じますが。
昨年7月に『新規事業推進部』と部署名が変わったので、そういう意味では、大手を振って新規事業のために全力で取り組めているというところがありますね。
ただやはり、アイデアの実現に、社内でも高いハードルがあると感じていた者もいたとは思います。(苦笑)
提案しても、「何を考えているんだ?」「忙しいからそんなこと協力できないよ」と反対する人もいたでしょう。そういったハードルを越えるために、「やりたいねん!」で採択されるというのは非常に大きな後ろ盾になると思います。
アイデアをまとめ上げて応募に至るまでに、注力された点はどのようなところでしたか?


津島さんのメンタリングをはじめ、色々な方にアイデアを磨いてもらうーこの表現が合っているのかわからないですが、この点に力を入れました。自分一人で磨いていくには限りがあります。僕は限られた知見しか持ってないので、コンサルのプロである津島さんやサイエンスのプロである研究員、そして浅川など、多くの人に磨いてもらいました。メンタリングを受けさせていただく津島さんだけでいいや、ではなく、いろんな方の意見をいただくことを意識していました。
事務局からみていても、田中さんが社内で色々動いているのはわかりました。


実際に会いに行ったりされたのですか?
そうですね、face to faceで会いに行きましたし、顧客インタビューで横浜まで行ったこともあります。それは、自分の一つのモットーとして、会ったほうが実際に気持ちも伝えやすいですし、関係性も築きやすくなる。関係性が築ければその方が別の方を紹介してくださったり、違うアイデアが生まれたりもすると思っています。
もともと自分が営業職だったこともあり、そういうスタンスは大事にしていますし、これからも大事にしていきたいと思っています。
実際に会いに行かれたりするのは、お忙しい中パワーやエネルギーが必要ですよね。
いや、でも、会うのは好きなので楽しみながらやっていました。それで苦労することも多々ありましたけれども(笑)。専門の方から「君はそんなことも知らないのか?」と言われたり、うまく説明できず「君の話してることの8割はわからない」と言われたり。(一同爆笑)
そういう時は、浅川など、その分野の知見を持っている新規事業推進部のメンバーにうまく翻訳して説明してもらったり。津島さんとのメンタリングの後にも、浅川から「津島さんはこういうことを言ってたんだよ」と翻訳してもらったりもしました。(笑)
素晴らしいチームワークですね。
とても楽しんでやられていたようですが、逆に苦労された点はどんなところでしたか?


顧客ニーズの深掘りが難しかったですね。細かい話になってしまいますけれども、そこが一番難しかったなと。自分の中では深掘りできていると思っても、津島さんや浅川からは、洞察が足りない、深掘りが足りない、と言われて。
あともう一つ、今回のアイデアでは、すごくアバウトなものを一つのプロダクトとかコンセプトにまとめ上げるのに苦労しました。津島さんから「コンセプトシートを書いてみて」と言われて、殴り書きのしょうもない絵を描いて撮って、それをWEB会議で出したら、津島さんも浅川も「そうそう、それなんだよ!」と。僕はめちゃくちゃ笑いそうになって(笑)。
前後の会議と絵を描いている田中さんをずっと見ていて、あの時『田中さんすごいな』って本当に思ってました(笑)。言われた後にチャチャっと描いて、1~2時間後の会議ですぐに出せるのはすごいなって。
僕もあの時言ったと思うんですが、「こういうのをすぐ描いて出せる人っていないですよ」って。すごいなと思いました。
本当ですか?(笑) 絵心の全くない絵を、イイ年したおじさんたちが「それだよ、それだよ」って言ってて(笑)。その光景がおもしろおかしかったんですけれども、そこが僕の中でのターニングポイントだったと思います。


ご苦労されていたところは、わかりやすいビジュアルにあらわせなかったというところなんでしょうか?
そうです。コンセプトはあったのですが、それをどう売るのか、というのがわからなくて。
2回目のメンタリングの時、浅川がそれを僕にしてくれていたんですけれども、自分の中で腹落ちできていなかった。それってどういう意味だろう?って。でも、やっぱり製薬会社だからエビデンス重視だとか、そういったところを津島さんに紐解いていっていただいた。あとは、浅川からも同じメッセージをこんこんと言われて、「あ、こういう形にすればよい着地点になるのか」とお二人のアドバイスでわかりました。
それはやはり、あのイラストですよね。
「手書きでいいんで、ちょっと書いてみてください」ってすごく熱く言われたんで。そんな熱く言われるならって(笑)。
イラストのレベル感は置いておいて(笑)、「やりたいねん!」の審議会でも、資料の方向性などがドンピシャでハマったといった感じでした。
あれはやはりターニングポイントになったと思います。ありがとうございました。


事務局として「やりたいねん!」を運営されてきて、難しさを感じたことは何ですか?
先ほど浅川からもありましたが、「やりたいねん!」は4年目です。前回の3回目の時に採択の審議をする経営層から、「提案の質が水準に達していない」と言われ、採用・採択案はゼロでした。今回もゼロだったら「やりたいねん!」は廃止という背水の陣で、プロジェクトとしてもイベントとしても、どうブラッシュアップして全体をコーディネートするかというのが一番悩ましかったです。
具体的に、過去のイベントとの違いはどういうところで、どうブラッシュアップされたんでしょうか。
アクセラレーションプログラムを入れた、というところが一番違いました。社員が自分の思いを直接経営層に提案するために、アクセラレーションを間に入れて経営層の判断水準にレベルを上げようと、ここが一番工夫したところです。


unlockの個別メンタリングを通じて、起案者の方々の反応はいかがでしたか?
新規事業に携わったことがない人は、提案に何が足りないのか、課題が何で、今何をしないといけないのか、というのが全然わかっていなかったそうです。
それを定期メンタリングで学んで進めていけたことがよかった、という反応でした。
もうひとつは、これまで事業を作った経験のある方や外部の第三者の目を入れることで、自分の考えがまとまっていったというコメントもありました。
最初から良い雰囲気でしたか? 個別メンタリングを受けることに対して、否定的な意見などはなかったですか?
そうですね、ありがたいっていう感じでした。もちろん最初は「どんなことが始まるんだろう?」と不安もありましたけれど、1回30分間でブラッシュアップできていくのが楽しかったです。
ただ、2週に1回の面談を、通常業務と並行してやらないといけないので、最後の方は正直、結構疲れてました(笑)。まぁもちろん、疲れるぐらいでなくてはとは思ってたんですが。
通常業務と並行してお忙しかったですよね。そんな中、実際に津島と1対1のメンタリングに参加されて、いかがでしたか?


1番強烈だったのは、先ほども話した、コンセプトシートですね。
コンセプトシートを書いてみようというアドバイスは初めてだったので。
ずーっと「患者様のために」とか、「医薬品の」といった製薬会社の視点でばかり考えていると、どんなエビデンスが必要で、患者様は何で困ってるのかといった、【顧客が患者様になっているケース】が多かった。顧客をコンシューマーだと設定していても、いつのまにか患者様にすりかわって議論が進んでしまうということが結構あって。なので、津島さんのように色々な事業をやってこられた外部の方の意見を聞くことで、全然違う角度から考えることができた。原点に戻してもらった、という感じです。
「やりたいねん!」をご支援する会社として、unlockを選んでいただいた経緯や理由を教えていただけますか?


新規事業に特化したコンサル会社ということで、実績はもとより、インキュベーションノウハウを事務局にも伝授しますよという提案をいただいたのが、一番の決め手でした。
unlockがご支援することで得られたことや発見は何でしたか?
ソリューションもそうですが、課題をいかに深掘りしていくかが重要なポイントだと何回か繰り返し仰っていただいたんですね。それがまさにキーワードだったのかなと思っています。ソリューションを考えるのは楽しいので、ついついソリューションを考えてしまいがちなんですけれども、本質的な課題はどこにあるのか、我々にしか気づけないニーズの深堀を最初のステージで考えなくちゃいけないことを発見できたんです。このあたりをプロジェクトを通して再認識できました。


私はアクセラにも何度も出ていますし、一番楽しんでいたんじゃないかなと思います(笑)。いろんな発見がありました。発案者の意見を聞きながら、言葉で伝えられない、あるいは刺さっていかない部分を、どういう風に刺していくかっていうところですね。
というのも、言葉で何回言ってもそれに対する回答が全く返ってこないと結構イライラするんですけど(笑)。
そういうところも、例えば絵に描かせてみると、「あ、このことだったんだ!」ってスッとわかるような、お互いに納得できる場面が何回かありました。言いたいことは一緒でも、【伝え方】にテクニックがあるんだなと思いました。
浅川さまのコメントを受けて、田中さまはどういうふうにお感じになりますか?
イライラしてたんだろうなっていうのは、ハイ、わかってましたね(笑)。でもまさにその通りで、浅川の言ってたことがわからなくて。ずっと患者様のことや医薬品でやってきた固定概念というか、そこからなかなか抜け切れなかったんです。コンセプトシートやツールを出してもらうことで、固まっていた考えをほぐしていただいて、「道が開けた!」と思いました。
確かに、最初はずっと固かったですよね。


そうなんです。固いとか、エビデンスでガチガチだとか、浅川からも言われてたんですけれど、うまく咀嚼できていなかった。
2人のメッセージを受けても、「でもうちって製薬会社でしょ?」と。
津島さんにはそれを咀嚼できるような形にしてもらいました。
今後、unlockにどのような支援を期待されますか?
「やりたいねん!」には、社員のやりたい思いを塩野義製薬がやるべきプロジェクトに昇華させる側面と、塩野義製薬の【次の柱】にもなるような新規事業のプロジェクトを生み出すという二つの側面があると考えていて、二つの側面を両方達成させたいです。今回のプロジェクトで見つけた課題を抽出するところから、ご支援いただければと思っています。
2030年に向けた事業計画の実現に向けて、今後「やりたいねん!」をどのように進化させていきたいとお考えですか?次の「やりたいねん!」で成し遂げたいのはどのようなことでしょうか?
正直にお話すると、何年か継続していると、粒が小さくなってきたり、なんとなく全体を見ながらこんな感じかな、という提案になってきていて、面白味がなくなってきたとも言われています。定例行事として開催するのは、立ち上げ時の哲学としても違うかな、とも思います。


新しい技術を作るところはいくつか実例も出てきて、できるようになってきたと思うんです。
一方で、製薬企業は、売上が1製品1千億とかの世界です。その規模の大きさゆえに、新たに事業を起こすとき、小さな事業ばかりが何十個あっても本業の製薬事業の支えにならないというのが、今の状況なんですね。
それでも、50年経ったら事業活動の軸足を薬以外に移せるんじゃないかというアイデアを、粗削りで未完成でも、そういう夢が描けることをきちんと見極めて育てていける。そのための「やりたいねん!」になれればいいなと思っています。
「なれればいいな」ではなく、「なっていくんだ」という強い意志をもって頑張っていきます。
採択されたアイデアの事業化、また今後の「やりたいねん!」の発展も楽しみですね。ありがとうございました。



