新規事業部門における中間管理職の手引き|任された管理職が壁を越える実践法

ある日突然、上司から「新規事業をやってほしい」と言われた管理職は少なくありません。役職は課長や部長クラスであっても、新規事業の立ち上げを経験したことがある人はごくわずかです。それにもかかわらず、新規事業部門の責任者として、事業の企画から社内調整、部下のマネジメントまでを一手に引き受けることになります。

この記事では、新規事業部門を任された管理職がどのような役割を求められ、どのような壁に直面しやすいのかを、感想ではなくできる限り客観的なデータをもとに整理します。そのうえで、壁を越えるための一つの実践的な手法と、実際の支援事例を紹介します。あわせて、こうした経験が管理職自身のキャリアにとってどのような意味を持つのかについても触れます。読み終えたときには、自分が今置かれている状況を客観的に捉え、次に何をすべきかの見通しが立つはずです。

新規事業 管理職のリアルな状況と悩み

新規事業を任された管理職が抱える悩みは、丸投げされること、成果が評価されにくいこと、社内調整に消耗すること、そして辞めたいと感じるほどの負荷がかかることの4つに大きく分けられます。
パーソル総合研究所の調査では、新規事業開発を専任または兼務している主任・リーダー相当以上の担当者に対して、成功のために何を強化してほしいかを尋ねています。最も多かった回答は「上長の理解やサポートの促進」で47.0%、次いで「挑戦的な取組みを推奨・評価する人事評価制度」が38.8%でした。現場で新規事業を回している管理職が、まず何より求めているのは、追加の人員でも予算でもなく、上司の理解とサポートだということです。裏を返せば、丸投げされたまま孤立している状態が、当事者の実感としてもデータに表れているといえます。

なぜ新規事業は中間管理職に「丸投げ」されるのか

トップダウン型のアプローチには、社内の優秀な人材を集めてスピーディーに事業を展開できるという利点があります。一方で、トップの判断が絶対視されるあまり現場が受動的になり、顧客の生の声が汲み取られにくくなるという弱さも抱えています。逆にボトムアップ型は、現場発の顧客起点のアイデアが生まれやすい半面、明確な方向づけがないと議論が発散し、合意形成に時間がかかって意思決定が遅くなります。どちらか一方だけでは立ち行かないからこそ、両者を結びつける中間管理職の存在が欠かせなくなります。

新規事業には、社内でも経験や実績のある人材がアサインされるケースがあります。裏を返せば、期待の大きさに見合うだけの権限や支援が伴わないまま、現場の管理職に実務のすべてが委ねられているケースが多いということです。経営層が「新規事業を」と方針だけを示し、具体的な進め方や判断基準を現場に考えさせすぎている状態は、多くの企業で見られます。参入や撤退の基準そのものが定まっていないまま走り出してしまう企業も少なくなく、判断のよりどころが曖昧なまま現場の管理職が矢面に立たされる構図がここでも繰り返されます。新規事業の丸投げは、経営層の意図的な放置というより、判断基準を渡さないまま推進だけを求めてしまう構造の問題だと捉えた方が実態に近いでしょう。

新規事業初心者なのにマネジメントも任されるジレンマ

新規事業部門の担当になった管理職が直面する最初の壁は、自分自身が新規事業の初心者だという事実です。これまで既存事業で実績を積み、その実績によって役職を得てきた人であっても、新規事業の進め方については誰も教えてくれません。役職がその位置にあるという理由だけでマネジメントを任され、部下を率いる立場に置かれます。

この状況で厄介なのは、相談相手が身近にいないことです。既存事業であれば、同じ課題を経験した先輩や上司に相談できます。しかし新規事業は、社内に経験者がほとんどいません。成功した人材は次のポストに巣立ち、また未経験の担当者が一から手探りで進めるという構造が繰り返されやすいのです。手探りで進めながら、同時に部下のモチベーションを維持し、成果も求められるという二重の負荷が、新規事業担当の管理職には常につきまといます。

新規事業の担当年齢と「辞めたい」と悩む管理職の現実

新規事業部門の担当を任される年齢は企業によってさまざまですが、課長や部長といった中間管理職のポストに就いて数年が経過したタイミングで打診されることが多いようです。年功序列の慣習が残る企業では、ある年齢に達すると順番に管理職への昇進が回ってくる仕組みが今も根強く残っています。

ここで見落とされがちなのが、管理職そのものになりたかったわけではない人が多いという現実です。これは感覚の話ではなく、データにも表れています。日本能率協会マネジメントセンターの調査では、一般社員の77.3%が「管理職になりたくない」と回答しています。

管理職になった経緯が本人の強い意志によるものでない場合、そこに新規事業という未経験の重責まで上乗せされることになり、負担感はさらに増します。この記事は、こうした現実を否定するのではなく、まず認めたうえで、どう乗り越えるかを考えるためのものです。

新規事業の管理職の役割:推進役として何をするのか

トップと現場をつなぐ橋渡し役

新規事業の立ち上げ手法としてはトップダウン型が多く採用される一方で、中間管理職が橋渡し役となる進め方も広く採用されています。この進め方では、リーダーとなる人材の力量次第でプロジェクトの進み方が大きく左右されます。

新規事業の推進役となる管理職は、事業責任者として、経営トップが描くビジョンという理想と、現場が直面する現実とを結びつける立場に置かれます。具体的には、トップが掲げる抽象度の高い戦略や目標を、メンバーが納得して動ける具体的な計画に落とし込みます。同時に、現場で起きている問題点や新しいアイデアを吸い上げ、経営層に報告し提言する役割も担います。トップの意図を現場に伝え、現場の実感を経営層に伝える。この両方向のやり取りを続けることが、新規事業担当の管理職に求められる基本の役割です。

部下の育成とチームマネジメント

新規事業を進める以上、管理職には成果を出すことが求められます。ただし、この「成果」が何を指すのかは、次の章で改めて考える必要があります。新規事業は既存事業のように単月の数字で白黒がつく仕事ではないからです。

成果の測り方が難しいテーマだからこそ、管理職には、経験の浅いメンバーを含むチームを率い、部下のマネジメントと育成を両立させる役割も欠かせません。管理職に自分なりのビジョンやコンセプトがあれば、それをチームに共有することで、部下は安心して創意工夫に取り組めます。逆に方向性が曖昧なままでは、メンバーは何を目指して動けばよいか分からず、チームとしての推進力が失われます。

育成という役割は、既存事業のマネジメントとは求められる中身が異なります。既存事業であれば、決められた業務を正確にこなせる人材を育てれば十分でした。しかし新規事業では、前例のない課題に対して自分なりの仮説を立て、動きながら修正していける人材を育てる必要があります。管理職自身がその動き方を体現できていなければ、部下に同じ動き方を求めることはできません。

新規事業において求められるスキルについては、以下の記事を参考にしてください。

新規事業担当者に必要なスキルセットって何?

Q. 新規事業担当者に必要なスキルセットって何? A. 「ビジネスの総合格闘技」と例えられる新規事業担当者には、さまざまなスキルが求められます。 新規事業担当者に求められるスキルセットは、新規事業の内容やフェーズごとに変 […]

新規事業の管理職が直面する課題と悩み

「成果」をどう示すかという難しさ

新規事業の管理職が抱える難しさの根っこには、成果をすぐに定量的な指標で示せないという構造があります。営業であれば、単月ごとに受注件数や売上といった数字で「良かった」「悪かった」を判定できます。しかし新規事業は、企画から検証、事業化までに時間がかかり、途中経過を測る決まった物差しがありません。

それにもかかわらず、上司には進捗を定期的に報告しなければなりません。順調に進んでいるのか、そもそも進捗と呼べる状態にあるのかを、本人自身が説明しきれないまま報告の場に立つことも珍しくないのです。

新規事業の企画を社内でどう評価し通していくかについては、次の記事で評価軸の設計方法を解説しています。

新規事業の評価基準とは?|成功率を高める設計方法と社内ビジネスコンテストで使える実践フレーム

新規事業の立ち上げでは、アイデアを出すことや市場を調べることに目が向きがちです。もちろんそれも大事なプロセスなのですが、そういった事業案の考案や検討と同じぐらい成否を分けるのに重要なのは、出てきたアイデアや事業案を「どう […]

社内で肩身が狭くなる背景

新規事業は、部署横断の協力が不可欠であるにもかかわらず、非協力的な態度に直面することがあります。この背景には、単なる縄張り意識だけでは説明しきれない構造があります。

既存の営業部門や製造部門は、日々の売上や生産という形で直接的に会社の収益に貢献していることが目に見えます。一方で新規事業は、前項で述べた通り成果が数字として見えにくく、投資を先行させる段階が長く続きます。他部署から見ると、新規事業は「売上を直接稼いでいるわけではないコスト部門」に映りやすく、「あの部署は何をやっているのか分からない」という受け止め方をされることも起こります。成果が見えにくいことと、協力を得にくいことは、互いに影響し合っているのです。

このように、新規事業部門は、成果が見えにくい段階では社内から理解を得にくくなる場合があります。もちろん企業やその時々の経営方針によって差はありますが、これは担当者の力不足ではなく、新規事業という業務の性質そのものに根ざした構造的な問題です。管理職は、社内調整の当事者として他部署やステークホルダーとの交渉役となり、協力を取り付けなければなりません。現状維持を好む社内の抵抗勢力を粘り強く説得する政治力も求められます。

さらに、管理職自身が失敗した際のダメージを現場より直接被りやすい立場にあることも、意思決定を慎重にしすぎる要因になります。不確実な新規事業に対して及び腰になり、現場の挑戦にブレーキをかけてしまうことも起こり得ます。

別部署の役職が上の人との付き合い方

新規事業担当者は、自分より役職が上の人と会話する頻度が既存業務のときより格段に高くなります。他部署の部長や役員クラスに説明や交渉を持ちかける場面が増え、社内の力関係の中でどう振る舞うかという課題に直面します。

これは新規事業特有の壁です。既存事業であれば、決められた組織階層の中でやり取りが完結します。しかし新規事業は部署をまたいだ協力が前提になるため、普段接点のなかった上位役職者との関係構築そのものが、新たに習得しなければならないスキルになります。この点への具体的な向き合い方は、後の章で紹介する巻き込みの手法の中で扱います。

役割の重さに見合わない昇進・給料・残業代

新規事業を任された管理職は、既存事業の管理職と比べて背負う役割の幅が広がります。事業企画、社内調整、部下のマネジメント、経営層への報告と、担う業務は一気に増えます。それにもかかわらず、昇進や給料といった処遇に、その負荷が反映されないという不満はよく聞かれます。

残業代についても触れておきます。これは新規事業部門に限った話ではありません。管理職という肩書きがあること自体は、労働基準法上の残業代の有無を直接決めるものではなく、労務管理や人事評価などについて経営者と一体的な立場にある「管理監督者」に実質的に該当するかどうかが基準になります。とはいえ、管理職であれば残業代が出ないという運用が実務上広く行われており、いわゆる名ばかり管理職の問題としてたびたび指摘されてきました。働き方改革によって一般社員の残業規制が厳しくなったことで、かえって管理職が仕事を抱え込み、長時間労働になっているという指摘も、業界を問わず一般的になされています。新規事業という測りにくい成果を求められる業務がそこに重なることで、負担感がより強く意識されやすいと考えられます。

弱音を吐けず負荷が伝わらない苦しさ

ここまで見てきた壁は、管理職個人の感想ではなく、複数の調査に共通して表れています。マンパワーグループの調査では、中間管理職の8割超が「上司との関係」や「仕事量の多さ」を理由に勤務先へのストレスを感じていると回答しています。

T-PECが現役管理職500名を対象に行った調査では、ストレスを抱える管理職の4割が離職や転職を検討したことがあると回答しました。

プレジデントオンラインが紹介した調査でも、管理職になって以降に心身の不調を経験した人がおよそ7割にのぼると報告されています。

管理職はこれほど苦しい立場に置かれているにもかかわらず、昇進などキャリア上の評価と紐づいているため、弱音や愚痴、不満を口にしたり、組織に改善提案をしたりすることがなかなかできないという指摘があります。人間は、苦しいときに苦しいと言えれば、その苦しみの実感は軽減されます。しかし管理職の場合はこの発信自体が難しく、負荷が周囲に伝わらないまま抱え込まれやすい構造があります。

辞めたい、この役割は自分には向いていないと感じることがあっても、それを口に出しにくいのは、決して個人の弱さの問題ではありません。まずこうした現実があることを、管理職自身も、周囲も認識しておく必要があります。

ここまで挙げた壁を整理すると、次のようになります。

  • 成果を定量的な指標ですぐに示せず、報告のたびに説明に苦労する
  • 成果が見えにくいことから社内でコスト部門と見られ、肩身が狭くなりやすい
  • 会話の頻度が上がる役職上位者との付き合い方に慣れていない
  • 昇進や給料、残業代の扱いが、背負う役割の重さに見合っていない
  • 苦しさを口に出しにくく、負荷が周囲に伝わらないまま蓄積する

これらは、管理職個人の能力不足によって起きているのではなく、新規事業という業務の性質そのものから生じる構造的な壁です。

ここで一つ、疑問が浮かびます。既存事業で通用してきた普通のマネジメントのやり方で、これらの壁は越えられないのでしょうか。既存事業のマネジメントは、決められた組織階層の中で、決められた指標をもとに部下を評価し、上司に報告するというやり方が基本です。ところが新規事業では、評価する指標そのものが定まっておらず、報告する相手である上司や経営層の理解も定まっていません。つまり、既存のマネジメントの枠組みが前提としている「決まった評価基準」と「決まった報告ルート」の両方が欠けている状態で、管理職は動かなければならないのです。だからこそ、評価基準や合意そのものを自分たちの手で作っていくという、別の動き方が必要になります。

次の章では、この壁を管理職自身の工夫で越えていくための一つの手法を紹介します。あらかじめ断っておくと、これから紹介する方法が唯一の正解というわけではありません。ただ、構造的な壁だからこそ、根性論ではなく型として整理された考え方を知っておく価値はあります。

壁を越える実践的フレームワーク「イシュー・セリング」とは

なぜこの手法が助けになるのか

ここまで見てきた壁の多くは、管理職一人の頑張りだけでは解決しません。社内で協力が得られない、役職が上の人にどう働きかければよいか分からない、経営層の関心を引けない。これらはどれも、自分よりも権限を持つ相手をどう動かすか、という一点に集約されます。

とはいえ、経営層の支援を待っているだけでは状況は変わりません。そこでunlockでは、ミドルマネジメント層が自らの力で経営層の関心を引き、味方を増やしていくための考え方として、経営学の分野で研究されている「イシュー・セリング」という枠組みを、新規事業の実務に落とし込んで参考にしています。難しそうな名前がついていますが、中身は「自分が重要だと考えている課題を、周囲を巻き込みながらトップに受け入れてもらうための段取り」というシンプルな考え方です。イシュー・セリングを通じて周囲を巻き込んでいくことは、前の章で触れた「評価基準や合意そのものを自分たちで作っていく」ことへの、具体的な答えの一つになります。

この考え方は、2001年に米国ミシガン大学のダットンとアシュフォードによって提唱されました。国内では、早稲田大学ビジネススクールとSAPジャパン、RELAYによる共同研究プロジェクトがこの理論を日本企業向けに検証しています。

unlockでは、この研究の知見をもとに、新規事業担当の管理職向けの実践方法を整理しています。

パッケージング・巻き込み・セリングの3ステップ

イシュー・セリングは、パッケージング、巻き込み、セリングという3つの活動から構成されます。

パッケージング(提案の論理構築と意味づけ)とは、経営層に提案する前の準備段階です。組織的なゴールや既存のイシューを念入りに調べ、財務指標や非財務指標に自分の変革テーマを関連づけ、先行する経営課題との接続やビジネスインパクトを明示したうえで、プレゼン内容を論理的に構成します。

巻き込み(社内外の味方づくり)とは、上層部や組織内外の関係者を味方につける活動です。上層部を巻き込み、組織内に味方を増やし、組織外にも味方を作る。反対しそうな重要人物には事前に策を講じ、社外のリソースも活用しながら、巻き込む相手の関心事と自分の変革テーマを関連づけていきます。

セリング(トップへの戦略的提案)とは、実際にトップマネジメントへ働きかける段階です。トップが受け入れやすいタイミングを戦略的に見計らい、一度で終わらせず多段階で繰り返し訴え、社内の規範に合ったアプローチで提案し、変革活動を社内の公式な取り組みに位置づけていきます。

日本企業で特に重要な「巻き込み」

早稲田大学ビジネススクールらの調査では、600人規模のアンケートをもとに、この16項目それぞれについて、変革に成功したプロジェクトと失敗したプロジェクトのスコアを比較しています。その結果、成功と失敗の差が特に大きかったのは、上層部を巻き込む、組織内に味方を増やす、変革活動を社内の公式な活動とする、という3項目でした。

この結果は、日本企業の組織文化と無関係ではありません。同調査では、意思決定のスタイルを国別に整理しており、米国や英国はトップダウンかつフラットな傾向が強い一方、日本は合議を重視しつつヒエラルキーも重視するという、対極に近い位置づけにあるとされています。合議とヒエラルキーの両方が重視される組織では、上層部個人を説得するだけでは不十分で、周囲を巻き込みながら合意を形成していくプロセスそのものが成否を分けるということです。

なお、同じ調査を新規事業創出というテーマに絞って見ると、上層部を巻き込む、組織外に味方を作る、反対する重要人物に事前に策を講じる、社外リソースを活用する、変革活動を社内の公式な活動とする、といった巻き込み関連の項目が、特に重要度の高いポイントとして挙がっています。一方で、組織内に味方を増やすことについては、有効な方法論が学術的にはあまり示されていません。この点は、社内政治の手引き書ではなく、あくまで学術的な変革理論であるという、この研究の性質によるものと考えられます。

上司との距離は近いほど良いわけではない

イシュー・セリングに関する調査の中で、直感に反する結果が一つ報告されています。トップマネジメントとの距離、つまり普段からどれだけ接点を持っているかという要素と、イシュー・セリングの成否との関係です。

調査では、週に1回以上トップと接点を持っているミドル層よりも、月に数回、あるいは年に数回程度しか接点のないミドル層の方が、イシュー・セリングに成功していたという結果が示されています。トップとの距離が近すぎる場合、日常的に多くの議題を共有し議論しているため、新たに持ち込んだ議題への注目度がかえって下がる可能性があると考えられます。毎日のように顔を合わせ、たくさんの案件について話している相手からの提案は、良くも悪くも「いつもの延長」として処理されやすく、重要度が下がって見えてしまうということです。

つまり、役職の上下関係やトップとの物理的な距離といった、ミドル自身がコントロールできない要因よりも、自分の働きかけ方や周囲の巻き込み方といった、自分でコントロールできる要因の方が、変革の成否に強く影響しているということです。役職が上の人にどう接すればよいか分からないと感じている管理職にとって、これは一つの助けになる知見だと考えます。

一方で、報告を減らせばいいわけではない

この結果を読んで、「上司への報告や相談は意図的に減らした方がいい」と受け取ってしまうと、実務では逆効果になります。調査が示しているのは、接点の頻度そのものを減らせという話ではなく、日常的な業務報告と、重要な変革テーマの提案とを、同じ土俵で扱ってはいけないという点です。

新規事業の管理職が日々行っている進捗報告や相談ごとは、これまで通り、むしろこれまで以上に丁寧に続ける必要があります。日常の報告を怠れば、そもそも信頼を失い、いざという時に話を聞いてもらえなくなります。問題は報告の頻度ではなく、日常の報告と、経営判断を仰ぐ重要な提案とが、同じトーン・同じタイミング・同じ場で混在してしまうことです。

提案は「非日常」として設計する

具体的には、次のような切り分けが有効です。

  • 週次や月次の定例報告では、新しい重要イシューを持ち込まない
  • 経営判断を仰ぎたい重要なテーマは、定例の場とは別に、あえて場を切り出して臨む
  • 提案のタイミングは、経営会議の直前や、財務指標などの節目に合わせるなど、相手が重要な意思決定モードに入っているタイミングを選ぶ
  • 一度で通そうとせず、パッケージングと巻き込みを経たうえで、複数回に分けてセリングの場を設ける

つまり、日常の報告は「頻度を保ったまま漫然と流さない」、重要な提案は「非日常のイベントとして意図的に演出する」といった、二つを両立させることが、上司との距離という直感に反する調査結果を、実務で正しく活かす方法です。

実践エピソード:巻き込みの動き方を具体的に見る

イシュー・セリングは考え方の枠組みであって、具体的なやり方は人によって、状況によって変わります。ここでは、実際にどう動いたかのエピソードを二つ紹介します。どちらも数ある巻き込み方の一例であり、これが唯一の正解というわけではありません。

unlock代表 津島個人の経験

一つ目は、unlock代表の津島自身が新規事業を推進していた際の経験です。津島は、大勢で動くよりも少人数や一人で動くことを好み、社内政治は得意ではないと自覚するタイプでした。そのタイプの人間なりに、次のようなやり方で巻き込みを行い、社内承認を獲得していった経験があるといいます。

1.一度で説得しようとはせず、何度も話すことを基本方針とする

まずそうそううまくいくわけではないので、スタート時点では一度で説得をしようと思わず、何度もという心づもりを基本にする。

2.近い人から始めて遠い人へ

そして話す相手はまず「好きな人」「親しい人」から始め、次に「苦手な人」にも話を聞きに行く。親しい人だけに話を聞いていると、どうしても良い評価ばかりが集まって意見が偏ってしまうため、あえて距離のある相手からも別の視点を集めるのです。

3.社外の賛同者を得る

そうして得た社内の理解者や多様な視点での考えを元に、組織外・社外の人にすぐに会いに行きます。

そこで客観的なフィードバックと賛同を得る。その社外での評価を、今度は上司や上層部に伝える。さらに社内の賛同者を社外の賛同者に引き合わせる。この一連の流れを繰り返していきました。

日本のあらゆる組織に言えることだと思いますが、社内の人の言うことはあまり聞かないのに、社外の人が言うと同じことを言っても大きく反応が変わるエライ人は少なくないものです。

社内にこだわりすぎず、状況と内容をアップデートしながら何度も話し続ける。これが、津島個人のケースにおける動き方でした。

社内で行き詰まり社外に賛同者を求めた

二つ目は、unlockが実際に支援した事例です。以下は支援内容を要約したもので、企業名は非公開としています。

支援先は大手製造業のお客様で、部門責任者とその直下のマネージャーの2名が、新規事業の担当として動いていました。会社として成長領域に掲げる分野が複数あるうちの一つで有望なアイデアを得ていたものの、その分野に詳しい社内メンバーがほとんどおらず、現業で忙しい既存メンバーからの協力もほぼ得られない状態にありました。

社内での賛同形成が難しいと判断したこの担当者は、unlockから社外リソースの活用を提案されました。

当初は全く構想になく、驚いたものの一定の合理性があると判断し、優先する方向に方針を転換しました。

その活動の中で外部の有力な協力パートナーを見つけ出し、そのパートナーからも現在の新規事業について高い評価を得ることができました。

IR・広報と連携し対外発信で社内世論を動かす

単に外部を活用するだけでは不十分で、unlockから担当者は社外パートナーとの取り組みが固まったタイミングで、社内の広報やIRの担当部署に接触を提案しました。広報やIRの担当者は、日常的に社外へ発信できるネタを探しています。そこで、外部パートナーとの取り組みをプレスリリースなどの形で発信できないか相談を持ちかけたのです。

この動きの背景には、外部との実績を対外的に発信していけば、社内にもその取り組みに乗りたいと考える人たちが必ず現れるはずだという仮説がありました。外の評価が先に見える形になれば、周囲の見方が変わるという読みです。実際に、技術部門のトップを海外パートナーに引き合わせるタイミングを見計らいながら、本領域の重要性を繰り返し社内のアッパーマネジメント層に説き続け、社内の協力者を少しずつ増やしていきました。

なお、この動き方が成立するのは、あくまで広報やIRの担当部署が持つ社内の決裁ルールや情報開示のルールに則ったうえでの話です。管轄部署を無視して独自に対外発信を進めるようなやり方ではなく、広報・IR側にとっても「会社のポジティブなニュース」として発信価値のある形に整えたうえで、正式な手続きを踏んで協力関係を築いたという点が前提になります。

大型パートナーシップ締結という結果

この一連の取り組みの結果、正式に協力パートナーとまとまった金額の契約を締結するに至りました。社内の巻き込みに行き詰まった段階で諦めるのではなく、社外に賛同者を求め、その社外での評価を社内向けの説得材料として逆輸入する。この動き方は、新規事業担当の管理職にとって一つのモデルケースになると考えています。

この事例が示すもう一つのポイントは、味方を増やす順番です。いきなり社内の上層部を正面から説得しようとするのではなく、まず社外で客観的な評価を得て、その評価を持ち帰ってから社内のキーパーソンに接触するという順序を踏んでいます。イシュー・セリングの枠組みに沿って言えば、社外の賛同者づくりと組織外リソースの活用によって材料をパッケージングし、その材料を携えて技術部門トップや広報・IRという新しい味方を巻き込み、最後に社内の公式な取り組みとして位置づけていく、という一連の流れになっています。

社内に理解者がいない、上司を説得できる材料がないと感じている管理職にとって、味方は必ずしも社内だけに求める必要はないという点が、この二つのエピソードから得られる実務上の示唆です。ただし、これらはあくまで一つのやり方に過ぎません。自分自身のタイプや、置かれている状況に合わせて、巻き込み方は変えていく必要があります。

新規事業経験が管理職のキャリアにもたらす価値

ここまで、新規事業を任された管理職が直面する壁について中心に述べてきました。最後に、視点を変えて、この経験が管理職自身のキャリアにとってどのような意味を持つのかを考えます。

未来人材ビジョンが示す2050年に必要な能力との重なり

経済産業省は2022年5月に「未来人材ビジョン」を公表し、2050年に向けて日本で必要とされる能力を整理しています。

この中では、これまで重視されてきた注意深さや正確さ、責任感といった資質に加えて、今後は課題を見つける力、正確に将来を予測する力、革新を生み出す力といった資質がより強く求められるようになると示されています。ゼロから何かを生み出す姿勢や、物事を深く掘り下げる姿勢もあわせて挙げられています。

指示されたことを正確にこなす人材で足りた時代から、自ら課題を見つけて解決していく人材が求められる時代への移行を、この資料は示しています。そして、まさにこの課題発見力とゼロから何かを生み出す経験を、実務として積める場が新規事業です。前例のない状況で、何が課題かを自分で定義し、社内外を巻き込みながら形にしていくプロセスは、未来人材ビジョンが挙げる能力と重なります。

新規事業を任された管理職が日々やっていることを振り返ってみると、市場や顧客の課題を見つけ、社内外の関係者を巻き込みながら仮説を検証し、うまくいかなければ方針を修正するという営みそのものです。これは、指示された業務を正確にこなす力とは別の筋肉を使う仕事であり、今の業務がつらいと感じている最中にも、将来にわたって価値を持つ能力が鍛えられているということでもあります。

成長角度が上がる、経営に必要な機能をほぼ全て経験できる

新規事業をゼロから立ち上げる過程では、事業企画や戦略立案、事業計画の作成、ファイナンス、法務関連、チームビルディングや人事、プロダクト開発、マーケティングや営業、運用、収支管理といった、企業経営に関わる複数の機能を横断的に経験する機会があります。

分業が進んだ大手企業では、こうした機能を一人がまとめて経験する機会はほとんどありません。定期的なジョブローテーションで部分的にさまざまな部署を経験しても、事業全体を通した理解は深まりにくいものです。新規事業のリーダーやマネージャーとしてこの一連の流れをやり切った経験は、その後の各業務への理解や吸収力を高め、成長角度を押し上げます。事業がうまくいくかどうかにかかわらず、この経験を積んだ人材が将来的に会社の経営を担う幹部になっていくことは、企業にとっても中長期的に大きな意味を持ちます。

新規事業がうまくいくかどうかは、経験を積むほど確実に上達するとは限らない性質のものでもあります。unlock代表の津島は、次のnoteの中で、プロと呼ばれる職業であっても、ファンドマネージャーの勝率がおよそ5割、営業職の受注率が3割程度にとどまる例を挙げながら、完璧な打率を目指すことよりも、試行錯誤を素早く修正し続けることの方が重要だと述べています。

プロ論:新規事業はやるほどに上手くなるか?

新規事業を任された管理職にとっても、最初からうまくやろうとする必要はなく、場数を重ねながら軌道修正していく姿勢そのものが、成長角度を高める土台になります。

新規事業を任されたことは、目先では負担の重い割の合わない仕事に見えるかもしれません。しかし、そこで積む経験は、これからの時代に求められる能力そのものを鍛える機会でもあります。伴走支援を含めたunlockの支援の考え方については、次の記事で紹介しています。

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まとめ

新規事業 管理職として任された人は、経験のないまま重い役割を背負い、成果を示しにくいことによる社内での理解不足、役職が上の人との付き合い方、処遇面の不満、そして弱音を吐きにくい構造的な苦しさに直面します。これらは個人の力不足ではなく、複数の調査データにも裏づけられている、多くの企業で共通して起きている構造的な問題です。

その一方で、社内で行き詰まったときに社外へ賛同者を求め、その評価を社内に逆輸入するという動き方や、イシュー・セリングのようにパッケージング、巻き込み、セリングを意識して進める動き方は、管理職自身の工夫で実践できます。これらは数ある選択肢の一つに過ぎませんが、構造的な壁に対して型を知っておくことには意味があります。そして、この経験を通じて得られる課題発見力やゼロから事業を作り上げる力は、これからの時代に求められる能力そのものです。今、新規事業の壁の前に立っている管理職にとって、この記事が次の一歩を考える材料になれば幸いです。

この記事を書いた人
株式会社unlock
事業プロデューサー 熊田竜次

得意領域
営業 & コンサルティング、Webマーケティング

経験業種
BtoC:人材、製造業、不動産、エンタメ、インフラ
BtoB:人材、AI開発、ソフトウェア(SaaS)、金融、インフラ

経歴
早稲田大学社会科学部 卒業。株式会社マイナビ、株式会社Speeeを経て現職。一貫して営業・マーケティングを始めとしたクライアントワークに従事。unlockでは、顧客が持つアセットと市場ニーズをつなぐ役割を、ビジネスサイドから支援。
支援プロジェクト数 50社以上 (2026年7月現在)。