新規事業のターゲット設定とは|狙い目の見つけ方から検証まで一気通貫で解説

新規事業の推進において、「ターゲット設定」は最も重要な問いのひとつです。unlockが事業開発の支援を行う中でも、ターゲット設定に関する相談は後を絶ちません。しかし、その悩みの内容をよく聞くと、「ターゲット設定」という言葉が指しているものが、事業のフェーズによってまったく異なることに気がつきます。

どの事業領域を攻めるかというターゲットの話をしている人もいれば、アイデアを絞り込んでいく中でどの顧客層に絞るかを悩んでいる人もいる。あるいは、営業を始めてから「本当に刺さるターゲットが見えてきた」という段階の人もいます。フェーズが違えば、問いの立て方も答えの出し方も変わります。

そのため本記事では、新規事業におけるターゲット設定を以下の3つのフェーズに整理して解説します。

  1. 事業領域の選定フェーズ:どの市場・領域を攻めるかという最初のターゲット策定
  2. アイデア・事業案のブラッシュアップフェーズ:STPやポジショニング分析を使ってアイデアを磨き上げ、ターゲットを洗練させていくプロセス
  3. マーケティング・営業フェーズ:ターゲットをより鋭く設定する手法と、仮説検証を通じて真のターゲットを見つけ出しPMFさせていくプロセス

ターゲット設定は一度決めて終わりのものではありません。事業が進むにつれて問いの形が変わり、解像度が上がっていくものです。今どのフェーズにいるかによって、必要な考え方は変わります。本記事を通じて、それぞれのフェーズで何を問い、どう動けばよいかの考え方を持ち帰っていただければと思います。

新規事業でターゲット設定に失敗する企業の共通パターン

本題に入る前に、フェーズを問わず多くの企業が陥る共通の失敗パターンを整理します。ターゲット設定の話をする際、この前提を押さえておくことで、各フェーズの考え方がより理解しやすくなります。

「全員に届けたい」という発想の危うさ

ターゲットを絞ることへの抵抗感は、新規事業に取り組む多くの人が経験します。「できるだけ多くの人に使ってもらいたい」という気持ちは自然ですが、その発想が結果として誰にも届かない事業を生みます。なぜなら、万人向けにしようとするほど伝えるメッセージが拡散し、誰を想定して事業開発していけばいいかわからない状態になるからです。訴求文は抽象的になり、使うべきチャネルも価格の根拠も定まらないままになります。

逆に、ターゲットを絞ることは顧客を減らすことではありません。絞り込むほど「誰のための何か」が明確になり、刺さるメッセージが生まれ、届けるべき人に届く確率が上がります。ターゲットを絞ると顧客を失うという感覚は、絞ることで生まれる精度の向上を見落としています。

ただ、ターゲットを絞れない理由は「もったいない」という感覚だけではありません。そもそも事業の進め方に、別の落とし穴が潜んでいることがあります。

やりたいことから始めることの落とし穴

「やりたいことから始める」こと自体が悪いわけではありません。先にアイデアやプロダクトがあり、それが結果として世の中に受け入れられるケース、いわゆるプロダクトアウトの成功例は確かに存在します。

ただ、ターゲット設定という観点から見ると、「誰がどんな課題を抱えているのか」「世の中にどのような負があるのか」を特定することから始める方が、スムーズに進みやすいのは確かです。課題が先にあれば、その課題を抱えている人がそのままターゲットとして定まります。一方、アイデアが先にある場合は「このプロダクトを必要としていそうな人を探す」という後付けの作業になりやすく、実際の市場ニーズとのズレが生まれやすくなります。

課題解決型だけが正解というわけではありませんが、「本当に受け入れてくれる人がいるのか」が不明なまま開発を進めるより、需要の有無をある程度確認しながら進める方が、ターゲット設定の確実性は高まります。こうした落とし穴は、気づかないまま放置されることがほとんどで、問題は事業が動き始めてから現場の各所に現れてきます。

ターゲットが曖昧なまま進むと何が起きるか

ターゲットが定まっていない状態で事業を進めると、複数の局面で意思決定が詰まります。営業では、誰に何を話すかが定まらず、商談のたびにメッセージが変わります。チャネル選定でも「どこで発信すれば届くか」の基準がなく、試行錯誤が長引きます。チームで施策を議論するときも「この顧客に刺さるか」の判断軸が人によって異なり、会議が噛み合わなくなります。

ターゲットが曖昧であることの問題は、営業や施策の話だけではありません。もっと根本的な新規事業アイデアの「課題」に大きな影響を与えます。課題とは「誰が、何に困っているか」によって定義されるものであり、ターゲットはその構成要素のひとつです。そのためターゲットの解像度が低いままでは、課題の解像度も上がりません。誰のどのような困りごとを解決するのかが曖昧なままでは、解決策であるソリューションもふわっとしてしまい、ソリューションの質が上がるはずがありません。

課題を鮮明にしたければ、まずターゲットをしっかりと定め、その解像度を上げる必要があります。ターゲット選定はそれほど重要であり、同時に難しいプロセスです。ここを間違えると、その後の事業設計・営業・マーケティングのすべての工程が、土台のないまま積み上げていく状態になります。ターゲット設定が単なる準備作業ではなく、事業の根幹に関わるプロセスであるのは、そのためです。

では、失敗のパターンを理解したうえで、どこから手をつければいいのか。

最初に問うべきは「どんな市場の、どんな領域を攻めるか」です。ターゲットを設定する前に、まず狙う市場を見極める必要があります。

新規事業の狙い目となる市場の見つけ方

どの市場・領域を攻めるかを考える際、多くの企業がまず「市場調査」から入ります。業界の成長率を調べ、競合の動向を分析し、自社が参入できそうな領域を絞り込んでいく。この進め方は一見正しく見えますが、unlockの代表・津島はこうした「正しい進め方」にこそ落とし穴があると指摘します。

どのような落とし穴かというと、一般的にはロジカルな進め方だと考えられている市場調査から新規事業の検討を進めると、全員が同じ答えに行き着くことが多いということです。その結果、複数の企業が同一の事業領域を選定し、参入した時点ですでに競合が先行しているという状況が生まれやすくなります。加えて、その領域や事業アイデアは(ロジカルに考えるが故)同じようなものに落ち着くため、領域やアイデアそのものに魅力なく「自社がやる理由」を見いだせなくなります。さらに、領域の絞り込みに時間をかけるほど、具体的なビジネスアイデアが生まれないまま「調査のための調査」が続いてしまうことも少なくありません。

では、どうすれば良いのか。

ポイントは、調査と発想を分けて順番にこなすのではなく、動きながら考え、市場の実態に触れながら機会を見つけていくことです。以下では、競合と同じ答えに行き着かないための、狙い目の市場の見つけ方を整理します。

競合が少ない領域の探し方:ポジショニングマップ

競合が少ない領域を探す際に陥りやすい誤解があります。「競合が多い=ニーズがある」「競合が少ない=ニーズがない」という見方です。実際には、競合が少ない領域にも十分な需要が存在することがあります。まだ誰も解き方を見つけていないだけ、あるいは大手が本腰を入れていないだけのケースが多くあるからです。

狙い目は「競合がゼロの場所」ではなく、「特定の軸で自社が1番になれる場所」です。そのための有効な方法のひとつが、ポジショニングマップを使って市場の空白領域を視覚化することです。縦軸と横軸に顧客が重視する価値基準を設定し、競合各社をプロットしていくと、誰も取りに行っていない領域が浮かび上がります。この手法については第4章で詳しく解説します。

市場変化から機会を見つける:PEST分析

市場の狙い目は、現在の状況だけを見ていても見つかりにくいことがあります。社会や技術の変化が新しい顧客ニーズを生み出すことが多く、「変化の前」と「変化の後」で誰が困るようになるかを考えることが、機会発見の起点になります。

この視点で使えるフレームワークがPEST分析です。政治・経済・社会・技術の4つの変化軸から、市場に生まれつつあるニーズを探していきます。たとえばAIの急速な普及は、「AIを業務に取り込みたいが社内に知見がない」という課題を持つ企業層を新たに生み出しました。変化に先んじて「次に困る人は誰か」を問うことが、競合がまだ気づいていない狙い目を見つける手がかりになります。

自社のアセットを活かせる領域に絞り込む:3C分析

市場に需要があっても、そこで自社が戦えるかどうかは別の話です。狙い目の領域を絞り込む際には、需要の有無だけでなく「自社のアセットを活かせる領域か」という視点が必要になります。3C分析(顧客・競合・自社)の重なりで考えると整理しやすく、市場のニーズ・競合の動向・自社のアセットが交わる場所に、事業として持続できる狙い目が見つかります。

ここで言うアセットとは、業界知識・顧客ネットワーク・技術・意思決定のスピードなど、自社が保有しているリソースや経験全般を指します。これらは必ずしも唯一無二のものである必要はありません。他社も持っているアセットであっても、「自社がそれをどう組み合わせて何ができるか」という問いが重要です。自社のアセットを起点に事業の可能性を考える議論は、どの会社においても必ず通る道であり、ここを丁寧に整理することが、机上の市場調査では見えてこない自社ならではの狙い目を見つける手がかりになります。

狙い目の市場が見えてきたら、次のステップはその領域でのターゲットをより具体的に設定していくことです。誰に届けるかを鮮明にするために、STP分析のフレームワークを活用します。

ターゲットを設定する基本手順(STP分析)

市場の狙い目が見えてきたら、次にすべきことはさらに調査を重ねることではありません。unlockが事業開発の支援で重視しているのは、「アイデアから入る」という考え方です。アイデアとは、課題に対する解決策そのものです。領域やある程度の課題が見えてきたら、その課題に対してどんな解決策が考えられるかを先に考えてしまうことが重要です。このように考える理由は前章で指摘したように、市場調査を始めとしたプロセスを重視した「正しい進め方」をすることによって、似たりよったりなアイデアに落ち着いてしまい、実際には有効なアイデアを見出すことが難しいからです。

具体的な流れとしては、まず課題とターゲットの仮説をある程度持ったうえでアイデアを出す。そのアイデアをより具体的に深めていく過程で、ターゲット像を鮮明にしていきます。STP分析は、この「アイデアを深める段階」で使うことができるフレームワークです。STPとはセグメンテーション・ターゲティング・ポジショニングの頭文字を取ったもので、「誰に、どの立ち位置で価値を届けるか」を定めるための道具として機能します。なお、アイデアの出し方そのものは本記事の範囲外とし、ここではアイデアが出た後のターゲット設定の深め方に絞って解説します。

セグメンテーション:市場を切り分ける視点

セグメンテーションとは、市場全体をいくつかのグループに切り分ける作業です。すべての人に同じアプローチをしても刺さらないからこそ、どんな軸で市場を分けるかを先に定める必要があります。

切り分けの軸には大きく4種類あります。年齢・性別・職業・収入などの属性で分けるデモグラフィック軸、価値観・ライフスタイル・関心領域で分けるサイコグラフィック軸、購買頻度・使用タイミング・求めるベネフィットで分ける行動軸、地域・都市規模で分ける地理的軸です。新規事業においてどの軸が有効かは事業の性質によって異なりますが、BtoBであれば業種・企業規模・担当者の役職などが切り分けの基準になりやすく、BtoCであれば行動や価値観の軸が実態をつかみやすい傾向があります。

一方で、セグメントを細かくしすぎると市場が小さくなりすぎ、事業として成立しなくなることがあります。どこまで絞れば十分かの感覚をつかむためにも、次のターゲティングの判断基準と合わせて考える必要があります。

ターゲティング:どのセグメントを選ぶかの判断基準

セグメントを切り分けたら、その中からどのグループを狙うかを決めるのがターゲティングです。ここで大切なのは、まず「最もターゲットとしてふさわしい」セグメントを1つ優先的に定めることです。複数のターゲットを同時に追いかけることが絶対にダメなわけではありませんが、最初から並列で追うと、どのターゲットにも中途半端にしか届かない状態になりやすくなります。まずはメインとなるターゲットを根拠を持って定め、必要に応じてサブターゲットとして優先順位をつけて設定していくのが現実的な進め方です。

その根拠(Why)を突き詰めるための判断軸として、4つの観点で評価すると整理しやすくなります。市場規模(そのセグメントに十分な人数・企業数があるか)、成長性(今後そのセグメントが拡大していく見込みがあるか)、到達可能性(実際にそのセグメントにアクセスできるか)、自社適合性(自社のアセットを活かして戦えるか)の4点です。「なぜこのセグメントなのか」を4つの観点で説明できる状態にしておくことが、後の意思決定がぶれることを防ぎます。

新規事業の初期段階では特に、「最も課題が深い人」をメインターゲットとして優先することが有効です。課題が深いほど解決策への反応が鋭くなり、プロダクトやサービスの改善に必要な一次情報が集まりやすくなるからです。薄く広く刺さるより、まず特定の誰かに強く刺さる状態を作ることが、その後の事業の広がりにつながります。

実例:ハルメク社にみる自社データによるセグメンテーションとターゲティング

新規事業のセグメンテーションとターゲティングを実際に使いこなし、ヒットサービスを生み出した事例として、シニア女性向け雑誌「ハルメク」が挙げられます。ITmedia ビジネスオンラインのインタビューによると、2017年に編集長に就任した山岡朝子氏のもとで、ハルメクは5年間で読者数を3倍以上に伸ばし、女性誌の販売部数でNo.1の座を獲得しています。

出所:ハルメク社プレスリリース

この成長を支えているのが、自社シンクタンク「生きかた上手研究所」を通じたセグメンテーションです。ハルメクは毎号の読者アンケートに価値観を測る設問を組み込み、その回答をクラスター分析にかけることで、読者を7つのタイプに分類しています。同じ50代以上の女性であっても価値観は一様ではないという前提に立ち、独自の軸で市場を切り分けているわけです。

ハルメクはここからさらに一歩進めています。7つのクラスターすべてに同じように向き合うのではなく、狙うべきクラスターを明確に絞り込み、そのクラスターに属する読者の満足度が最大化するように誌面や商品を作り込んでいます。ターゲットを絞り込んでいるからこそ、読者一人ひとりが「自分のための雑誌だ」と感じられる誌面が生まれ、熱量の高い定期購読者の積み上げにつながっています。

編集長の山岡氏はターゲットについて、以下のように言及しています。

“読者が50万人いても100万人いても、その中に具体的な読者像を描くことで、魅力的な誌面が生まれます。私は『65歳のハナコさん』を思い描いて、彼女のためにハルメクを作っています。編集部としても、毎号ハナコさんがどう思ったのか、そこの満足度は別途抽出をして次号の企画検討にあたっています”

自社独自のデータをもとにセグメンテーションを実施し、その中から狙うクラスターを明確に定める。この一連の動きこそがSTP分析でいうセグメンテーションとターゲティングであり、ヒットサービスを生み出した企業が実際に行っていることでもあります。新規事業においても、この手順を早い段階から取り入れることが、絞り込んだターゲットに深く刺さる事業をつくる近道になります。

当社のハルメク社との取り組みについてはこちら

外部の力を、社内の原動力に─ハルメクがunlockを伴走者に選んだ理由

「ハルメク世代(主に50代以上の女性)」を対象に、出版や物販事業を展開する株式会社ハルメク様。さらなる新規事業の創出に向け、2020年からunlockのディスカッションパートナーサービスをご利用いただいています。その狙い […]

ポジショニング:競合の中での立ち位置を決める

ターゲットが定まったら、最後にポジショニングを決めます。ポジショニングとは、そのターゲットに対して、競合や先行するプレイヤーがいる中で自分たちがどこに狙いを定めていくかを定義することです。

ポジショニングが決まると、それに続く多くの意思決定がスムーズになります。どんなメッセージを伝えるか、どのチャネルで届けるか、どの価格帯で設定するかという判断が、ポジショニングを軸に整理されていくからです。逆に、ポジショニングが曖昧なままでは、これらの意思決定のたびに迷いが生まれ続けます。

ポジショニングを決めるための実践的なツールが、次章で解説するポジショニングマップです。競合各社を視覚的に配置することで、自社が入り込める空白領域が見えやすくなります。

ポジショニングマップでターゲットの解像度を上げる

前章でポジショニングの考え方を整理しましたが、「どこに狙いを定めるか」を実際に決めるための道具がポジショニングマップです。競合の状況を視覚的に整理し、自分たちが入り込める場所を見つけるためのツールとして、事業開発の現場でよく使われています。

ポジショニングマップの作り方と軸の選び方

ポジショニングマップとは、縦軸と横軸に任意の評価基準を設定し、競合各社を2次元の座標上に配置することで、市場の構造を可視化するツールです。どこに競合が集まっていて、どこが空白になっているかを一目で把握できます。

作り方は単純ですが、軸の選び方が最も重要です。軸は「顧客がその市場でサービスを選ぶ際に重視する価値基準」から選ぶのが基本です。例えば価格帯・対応スピード・サービスの専門性・ターゲットとなる顧客属性(業界特化か汎用かなど)が候補になることが多いです。縦軸と横軸を設定したら、競合各社をプロットし、自社がどの位置に入れるかを確認していきましょう。

ただし、誰もが思いつく「価格と品質」を軸にすると、全員が「高品質・低価格」を目指して同じポジションに集まってしまいます。その軸では競合との差が見えにくく、自社の立ち位置も曖昧になります。軸の選び方はポジショニングマップの全てと言ってもよいため、次の節で詳しく扱います。

先行者がいる市場でどう差別化するか

市場にすでに先行するプレイヤーがいるとき、多くの担当者はその先行者を参考にしながら「どこに近づけるか」を考えがちです。しかし、先行者が人気を持っているからといって、そのプロダクトやサービスに欠点がないとは限りません。人気があるものを優れていると思い込むと、そのサービスの弱点が見えなくなります。

差別化の起点は「先行者の強みが弱みに転じる軸を探す」ことにあります。たとえば先行者が「幅広い顧客に対応できる汎用性」を強みにしているとすれば、その裏側には「特定の業界や用途への対応が弱い」という弱点が潜んでいることがあります。先行者をフラットに分析し、顧客がまだ満たされていないニーズを探すことが、自分たちの立ち位置を見つける手がかりになります。

unlockがポジショニング戦略について解説した記事でもこの視点を詳しく取り上げていますので、あわせてご覧ください。

新規事業におけるポジショニングの重要性 ~先行者がいる場合の考え方~

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「価格と品質」以外の軸を探すべき理由

ほぼすべての企業が「高品質・低価格」を目指しているため、価格と品質を軸にしてプロットすると多くの競合が同じ場所に集まり、自社の立ち位置が見えなくなります。この軸は「差別化のための軸」としては機能しにくいのです。

より有効な軸は、顧客が実際に選択するときに使っている判断基準の中から探すことです。例えば、BtoBの業務系サービスであれば「導入の手軽さ vs. カスタマイズ性の高さ」「業界特化 vs. 汎用」「自走して使いこなす vs. サポートに任せる」などが候補になります。こうした軸を設定すると、特定の顧客が「このサービスは自分に合っている」と感じる理由が明確になり、ターゲット設定の解像度が上がります。

軸を探す際のヒントは、既存の顧客や見込み客に「なぜ今のサービスを選んでいるか」「他に検討したサービスと比べて何が決め手だったか」を聞くことです。顧客自身が言葉にする選択理由の中に、ポジショニングの軸が潜んでいるからです。

ポジショニングについては以下の記事も参考にしてください。

新規事業におけるポジショニングの重要性 ~先行者がいる場合の考え方~

新規事業を立ち上げる際、既に市場に先行者が存在する場合、その状況をどう捉え、どのようにポジショニングするかが成功の鍵となります。本記事では、競合他社が存在している市場でのポジショニングの重要性とポジショニング戦略の策定方 […]

ここまで解説したフレームワークなどを駆使して検討をすすめると、ターゲット像がかなり鮮明になってくると思います。次章では、AIを使ってその仮説をより素早く検証する方法を解説します。

AI時代のターゲット設定|仮説に時間をかけるより先に形にする

STPとポジショニングマップで整理したターゲットは、あくまでも仮説です。どれだけ論理的に組み立てても、まだ市場で検証されていません。新規事業は本質的に市場活動であり、社内でいくら「良い」と合意が取れたとしても、顧客が「いらない」と言えば1円も売上は立ちません。だからこそ、仮説を早く市場に持ち込んで検証していくことが必要になります。

そこで注目したいのが生成AIです。生成AI(AIエージェント)の登場は、この「検証コスト」という問題を根本から変えました。以前はアイデアを形にするためにエンジニアやデザイナーの工数が必要で、見せるものを用意するコストが検証活動の大きな障壁になっていました。ですが、今やAIを使えば専門的な技術知識がなくても、LPの制作・CADデータの生成・プロダクトのモックアップ作成をほぼゼロコストで非エンジニアが行えます。アイデアをすぐに形にして市場に持ち込める時代になったことが、ターゲット設定と仮説検証のあり方を根本から変えています。

AIでアイデアをすぐ形にできるようになった

ここで言う「作る」とは、完成品である必要はありません。ターゲット候補が実際に見たり触れたりしながらフィードバックを返せる状態のもの、つまりLPやモックアップ、プロダクトのプロトタイプが作れれば十分です。企画書だけを渡して「どう思いますか」と聞くのと、実際に動く画面や触れる試作品を見せて「どう思いますか」と聞くのとでは、得られるフィードバックの質がまるで違います。物を実際に見て、触れることで、顧客は初めてリアルな反応を返せるからです。

一次情報を早く取りに行く理由

ではなぜ、完成品になる前から一次情報を早く取りに行く必要があるのか。理由は検証のスピードを速めたいからです。仮説の上に仮説を重ねても、顧客が本当に受け入れてくれるかどうかはわかりません。

だからこそ、スピーディーに顧客の声を聞き、プロダクトをブラッシュアップしていくサイクルを回すことが最善です。完成品でなくても形にして、ターゲット候補に見せ、反応を確認する。その反応をもとに仮説を修正し、また形にして見せる。このサイクルを速く回すことが、ターゲット設定の精度を短期間で高める最も確実な方法です。

AI検証フェーズと営業フェーズは、別物として捉える

ここで1点整理をしておきたいことがあります。それは「AIで形にして検証するフェーズ」と「実際に営業として売り込むフェーズ」は、意味合いが異なるという点です。この区別を持っておいていただきたいのです。

AI検証フェーズは、まだプロダクトの輪郭を固めている段階です。ターゲット候補の反応を見てアイデアをブラッシュアップしていくことに価値があり、完成品である必要はありません。一方、営業フェーズは、プロダクトの輪郭ができあがり「実際に売ってみよう」という段階であり、顧客が購入意向を示した場合ある程度の完成品を提示する必要があります。顧客が実際にお金を出してくれるかどうかという、より生々しい意思決定に直面することができる営業局面では顧客から求められるプロダクトの品質が変わるためです。この段階では、反応を見るだけでなく、実際の購買行動を引き出せるかどうかが問われます。

最初から営業活動に飛び込むことは、現実的に難しい場合がほとんどです。まずAIを活用して仮説を検証し、プロダクトの輪郭を固める。その上で営業フェーズへ移行することで、ターゲットへの接触の質が上がります。AIによるスピードアップは、この全体のサイクルを極限まで短縮することに本来の価値があると認識しておきましょう。

仮説ターゲットは営業で検証して初めて確定する

AI検証フェーズを経てプロダクトの輪郭が固まったら、次のステップは実際の営業活動を通じてターゲットをさらに洗練させることです。営業フェーズでは、顧客が「買うか・買わないか」という意思決定に直面します。この段階で初めて、「AIで反応を確認した段階」では見えなかった顧客の本音と、実際の購買行動とのギャップが明らかになります。

ターゲット設定は仮説であり、動かして答えを得るもの

重要なので何度でもお伝えしますが、STPやポジショニングマップで整理したターゲットはあくまで仮説です。実際に顧客に話してみて、見てもらって、初めて出てくる反応が存在します。「想定していた課題とは別の課題を抱えていた」「刺さると思っていたメッセージが全く響かなかった」「まったく別の業種の企業から反応があった」というようなことは、新規事業の営業現場では日常的に起きます。このことを新規事業担当者は深く認識しておく必要があります。

そのため、新規事業担当者にはある意味肩の力を抜いてほしいと思っています。なぜかというと、仮説は「最初から正しい」必要はなく「検証しながら正確にしていく」ことが重要だからです。ターゲット設定は一度決めたら終わりではなく、検証を重ねながら洗練させていくプロセスとして捉えることが、事業を前に進める力になります。

「調査と営業活動は表裏一体」という考え方

unlockでは、「調査と営業活動は表裏一体」という考え方を大切にしています。ターゲットとして想定している企業や人に実際にアタックすることが、最も解像度の高い市場調査になるという発想です。

ただし、インタビューと営業は似ているようで、得られる情報の性質が異なります。インタビューでは「このプロダクト、どう思いますか?」「こういう課題はありますか?」という問いに対して、相手はポジティブな反応を返しやすい傾向があります。これは悪意があるわけではなく、人は「良いと思う」という感想は言葉にしやすいからです。また、インタビュアーに対して忖度をしていい顔をしてしまうことも実際起こりうるからです。

一方で、営業現場で実際に「買いませんか?」と迫ったとき、顧客は自分のお金を使う意思決定に直面します。このとき初めて、「良いと思う」と「買う」の間にある本当のギャップが見えてきます。顧客がお金を出す行動に実際に移るかどうかは、インタビューやアンケート調査では測れず、顧客の本音は購買の意思決定という場面で初めて姿を現します。調査と営業活動は似ているものの、性質に違いがあるため、うまく使い分けをする必要があることをご理解いただけたでしょうか。

顧客インタビューの進め方については、こちらの記事も参考にしてください。

新規事業における、顧客の本音を引き出すインタビュー方法は?

Q. 新規事業における、顧客の本音を引き出すインタビュー方法は? A. 顧客の本音を引き出すには、NPSのように他者への推奨度を問う手法や、購買履歴などの事実ベースの質問を用いてポジティブな嘘を排除することが重要です。 […]

この考え方を具体的な形にしているのが、unlockのターゲットファインダーです。テレアポ・専門家ヒアリングを通じてターゲット候補に実際に接触しながら、リード獲得と市場検証を同時に進めます。「答えは常にお客様が持っている」という前提のもと、実際に動くことで仮説ターゲットの精度を上げていきます。気になる方はこちらからお気軽にお問い合わせください。

ターゲットファインダー

BtoBに特化したターゲット明確化支援です。新規事業で培ったノウハウをもとに、実践を通して市場に触れ、ターゲットを明確化し、PMF*を実現するフローの中で、以下のような悩みを解決します。

検証で得た情報をターゲット再設定に活かす

営業活動を通じてターゲットを検証する際には、何を聞き、何を観察するかを事前に定めておくことが重要です。反応が良かった企業・人と反応が悪かった企業・人の間にある違いを丁寧に観察することが、ターゲット仮説の修正につながります。

具体的には、商談での課題のヒット率(想定していた課題と実際の課題が一致しているか)、提示したソリューションへの反応の強さ、「検討したい」から「契約」までの転換率の違いなどを記録していきます。反応が良かった層の共通点を見つけ、反応が悪かった層との違いを言語化する。この繰り返しが、最初の仮説ターゲットを現実に根ざしたものに育てていきます。また、ターゲットが実際の営業でも通用することが確認できてきたら、次はそのターゲット設定をマーケティング戦略全体につなげていく段階です。

テストマーケティングにおいてどのような顧客を最初のターゲットにすべきかについては、こちらの記事も参考にご覧ください。

新規事業のテストマーケティングは、どのような顧客を対象に実施するのが良い?

Q. 新規事業のテストマーケティングは、どのような顧客を対象に実施するのが良い? A. まず強い課題を持ち早期に購買行動を起こす顕在層を対象に実施し、初期段階で本当に売れるかを見極めることが重要です。 顕在層の方が潜在層 […]

新規事業のターゲットとマーケティングをつなぐ考え方

ここまでの章で、市場の狙い目を見つけ、STPとポジショニングマップでターゲットを設定し、AIと営業活動でそれを検証してきました。最後の章では、こうして洗練されたターゲット設定をマーケティング戦略全体につなげていく考え方を整理します。

PMF(プロダクトマーケットフィット)をゴールに置く

新規事業のターゲット設定を語るうえで外せない概念が、PMF(プロダクトマーケットフィット)です。PMFとは「良好な市場において、市場のニーズを満たすことができるプロダクトが存在する状態」を指します。

ターゲットを定めてアプローチし、反応を確認し、修正してまたアプローチするというサイクルは、単に「売り先を探す」プロセスではなく「PMFに到達するための問いを繰り返す」プロセスといえます。この視点を持つと、一時的に反応が悪くても「仮説のどこがずれているか」という問いに変わり、ターゲット設定を見直すための情報として活かせるようになります。

CPF→PSF→SPF→PMFのFit Journeyとターゲットの関係

PMFに至るまでの過程は、いくつかのフェーズに分けて理解すると整理しやすくなります。

  • CPF(Customer Problem Fit) は、想定しているターゲットに本当に課題が存在するかを確認するフェーズ
  • PSF(Problem Solution Fit) は、その課題に対して自分たちのソリューションが合っているかを確認するフェーズ
  • SPF(Solution Product Fit) では、そのソリューションがプロダクトとして成立しているかを確認するフェーズ
  • PMF は、そのプロダクトが市場全体に受け入れられている状態

このフェーズを意識することで、今自分たちがどの段階にいるかが明確になり、ターゲット設定に対して何を確認すれば次のフェーズに進めるかがわかります。ターゲットを「誰に売るか」という視点だけで捉えるのではなく、「PMFに向けて仮説を検証するための問いの相手」として捉えることが、マーケティング戦略全体を前進させます。

新規事業営業を「市場検証」と捉えるマインドセット

新規事業において営業とマーケティングの本来の役割は、「売ること」だけではありません。ターゲットに接触するすべての活動が、「このターゲットで合っているか」「このメッセージが刺さるか」「このソリューションが求められているか」を確かめる市場検証の機会です。この視点を持てるかどうかが、新規事業のターゲット設定の精度を長期的に上げ続けられるかどうかを左右します。売れなかった商談からも、刺さらなかったメッセージからも、何かを学んで次のターゲット仮説に反映できる姿勢が、ターゲット設定を事業の成長と連動したものにしていきます。

まとめ|ターゲット設定は事業フェーズとともに変わる問い

本記事の冒頭で整理した通り、新規事業における「ターゲット設定」という言葉は、事業のフェーズによってその意味と問いの立て方が変わります。

事業領域の選定フェーズでは、「どの市場に参入するか」がターゲット設定の問いです。競合が少なく、市場変化が追い風になり、かつ自社のアセットを活かせる領域を探すことが中心になります。

アイデア・事業案のブラッシュアップフェーズでは、「誰に、どのような立ち位置で届けるか」という問いに変わります。STPとポジショニングマップを使ってターゲット像を鮮明にし、アイデアの仮説に根拠を持たせていく段階です。

マーケティング・営業フェーズでは、「この仮説ターゲットは本当に正しいか」が問いになります。AIで形にして反応を確認し、実際の営業活動で顧客がお金を出す行動に移るかどうかを確かめ、PMFに向けてターゲット仮説を更新し続けることが中心になります。

三つのフェーズを通じて共通しているのは、「ターゲット設定は一度決めて終わりのものではない」という視点です。事業が進むにつれて問いの形が変わり、解像度が上がり、答えが更新されていく。このプロセスそのものが、新規事業を前進させる力になります。

この記事を書いた人
株式会社unlock 代表取締役社長 津島越朗

得意領域
テクノロジー(AI・ブロックチェーン・IoT等)をベースとした既存産業の革新・効率改善サービス(SaaS等含む)の新規事業
企画・開発・拡大(Growth Hack)、0→1(ゼロイチ)

経歴
2005年 株式会社リクルート入社(人材事業営業部)
2008年 同上(インターネットマーケティング局、マーケティング・新規事業企画)
2011年 株式会社ディー・エヌ・エー入社(サンフランシスコにて現地法人のマーケティング組織の立ち上げ)
2013年 株式会社DeNAライフサイエンス(東京大学医科学研究所と遺伝子検査MYCODEの立ち上げサービス&マーケティング責任者)
2014年 株式会社DeNAロケーションズ 代表取締役社長(海外のテクノロジーベンチャーとの合弁企業)
2016年 株式会社unlock設立