撤退基準大全:先進企業から学ぶ新規事業の撤退基準①

※本コラムは2024年12月11日(水)に開催した株式会社unlockのウェビナーを、3回に分けて書き下ろしたオリジナルコンテンツです。

これから新規事業に取り組む方、既存事業の変革を模索する方、新規事業を評価する経営陣の方に、特におすすめしたい内容です。
今回は、事前に企業各社様からいただいたアンケート結果をもとに、撤退基準の必要性や多様なパターン、自社に最適な設定法を解説します。 単にセミナーで学ぶだけではなく、実践できるところまで踏み込んだセミナーです。

登壇者紹介

津島 越朗

株式会社unlock

2005年 株式会社リクルート入社(人材事業営業部)
2008年 同上(インターネットマーケティング局、マーケティング・新規事業企画)
2011年 株式会社ディー・エヌ・エー入社(サンフランシスコにてマーケ組織立ち上げ)
2013年 株式会社DeNAライフサイエンス(東大医科研と遺伝子検査の立ち上げサービス&マーケ責任者)
2014年 株式会社DeNAロケーションズ 代表取締役社長(海外テクノロジーベンチャーとのJV)
2016年 株式会社unlock設立

第1部:撤退基準はなぜ必要か?

皆さんの会社では、新規事業に限りませんが、(新規)事業の撤退基準はありますでしょうか?

今回は弊社ウェビナーでは初の試みとして、事前に参加予定の皆様へアンケート調査をお送りして、合計41社様からご回答をいただいております。ご協力をありがとうございました。
このアンケートを集計した結果、撤退基準が「ある」という回答は14.6%でした。

そもそも撤退基準が「無い」という会社も多いです。これはなぜでしょうか?

「基準の作り方がわからない」「ケースバイケースで判断したいから」等、様々な理由がありましたが、「(基準が)あれば良い」というものではない、と私は考えます。こんな事例もあるからです。

サントリーさんのビール事業、今ではプレミアムモルツという看板商品のある事業ですが、この事業が黒字化するまでに何年かかったかをご存知の方はいらっしゃいますか?

なんと45年です。
皆様の会社の場合、どのくらいの期間を撤退せずに持ち堪えられると思いますか?

企業体力という観点だけではなく、周囲からの圧力(社内に報告する度、十何年目、二十何年目に「そろそろどうだ」と言われることかと思います)に耐えられる気力を含めて、いったいどれぐらい持ち堪えられるでしょうか。

当時のサントリーさんは非上場で、これは「非上場の企業の成せる業」だと言えばそれまでですが、明確な撤退基準があってそれに従っていったならば、おそらくプレミアムモルツは無かったのでは、と思うのです。

一方で、撤退基準が無く、撤退時期が遅くなれば大きな痛手を受ける撤退がある、というのも事実です。

例えば、こちらの軽自動車のスズキさんのスペインの事業撤退については、非常に生々しいエピソードが、鈴木修著「俺は。中小企業のおやじ」に書いてあります。そこの文章を引用しました。

「サンタナ社へ資本参加した当初から経営状態が良好とは言えず利益はあまり出ませんでした。

かと言って撤退するまでの踏ん切りもつかず、「少しでも取り戻そう」と色々手を打ったのです。

しかし、いくら日本人を送り込んでも労働者をコントロールできません。
私が工場視察に行っても工場長をはじめ幹部らがタバコを吸いながら案内するような状態です。

それなら早めに見切りをつけて、綺麗さっぱり投げ出した方が良かった。
150億円損するのも100億円損するのも同じです。(当時経常利益は約100億円)

少しばかりの債券を確保しようとしてジタバタするのではなく、思い切りよく諦めて新しい仕事に前向きのエネルギーを投入した方がはるかに生産的です。

しかし、スペイン事業を13年間ズルズルと引きずって傷口を広げてしまったというのが経営者として大きな反省点です。」

当時のスズキ自動車の財務情報を弊社で調べてみたのですが、当時の経常利益は100億円程度だったと推測します。それぐらいの大きな損失だったということです。

少しばかりの債権を確保しようとジタバタするより、 思い切りよく諦めて、新しい仕事に前向きのエネルギーを投入した方がはるかに生産的です。

この1文での「債権」とは、おそらく「損失」という意味だと解釈しています。

しかし、スペイン事業を13年間ずるずると引きずって傷口を広げてしまったというのが、経営者として大きな反省点でしょう。
今はインドでものすごい業績で利益を上げられていますが、「名経営者」と言われる方でもこういった撤退に関する失敗があったという話をさせていただきました。

撤退基準とは「あれば良い」ものではなく、「無くても良い」というものでもない。単純な話ではなさそうだというのは、今日ご参加の皆様が関心を持たれている理由かと思います。

そもそも撤退は経営の最難関、意思決定事項です。ソフトバンクの孫さんをもってして、このように言われています。

「失敗するのは撤退の時機を見きわめられなかったときだ。
しかし退却は勝負を仕掛けることの10倍の勇気がいる。  孫正義」

撤退が非常に難しい理由は、少しでもチャンスに思える要素が残っている限り、どの角度から見ても正しい撤退なんて無いところではないでしょうか。

撤退に関しては認知科学という領域からも、そのようなことが載っていたので、引用しました。

この「確率的にしか決まらない」というところがポイントです。

撤退を決める際の「本当にこの決断が正しかったのか?」というのは、いつまでもわからないものです。誰が見ても0%だということがなく、人によっては10%、60%に見えるかもしれません。仮に全員が10%だと判断しても、それはゼロではないわけです。確率的にしか決まらないから難しい。この辺に撤退基準の難しさが1つ集約されているように考えます。

別の角度でプロスペクト理論というのがあります。これは行動経済学で使われることが多い理論です。

このグラフは横軸に客観的な確率、サイコロとか振るようなパターンですね。これで出る数学的な確率が横軸で、縦軸は心理的に感じる確率です。点線が客観的な確率、実線が心理的に感じる確率です。

やや複雑に見えますが、数学的な確率と人間が心理的に感じる確率は違うことが端的に表されています。

特に注目していただきたいのは、確率が低い場合です。50%を下回る場合、本当は低い確率なのに、実際の数学的な確率よりも人間は少し高い可能性を感じてしまうんです。

パーセンテージが上がってくるとその逆です。高いパーセンテージに関しては「8割がた大丈夫です」と言われても、「でも2割失敗するでしょ」というように、 数学的な確率よりも不安に感じてしまうのです。これは誰しも覚えがある感覚であって、この辺も撤退の難しさを示す一因だと思います。

ここまでの情報から、やはり撤退基準はあった方が良いと思われますか?
それとも、無くてもいいとお考えになるでしょうか?

我々unlockとしましては、撤退基準は必要だと考えております。
撤退判断を惑わす要素が、まず非常に強力だからというのが大きな理由です。

撤退判断を難しくしているのは、この3つです。

1つ目はサンクコストと呼ばれるものです。それまでの間にかけてきた労力、時間、お金。こういったことが無駄になるというサンクコストです。

2つ目は感情的な要因。これは先ほどのプロスペクト理論で説明できますね。

3つ目は社会的な評価や他者の目、プライド、恥みたいなところで、これは決して軽視はできないと私は思っています。

つまり撤退基準は、ともすれば撤退の自動トリガーのような形で「この基準を下回ったら自動的に撤退だ」というものが撤退基準だと捉えられます。
うまくいかない現状を正しく直視するための、冷静な時に定めた「物差し」のようなものとして、撤退基準は事前に定めることが必要だと思います。

現状の直視が難しいというのは、先ほどのお話を含めて理解いただけたかと思いますが、実際のところ失敗はなかなか受け入れ難いものです。目を曇らせず、ちゃんと決断するための撤退基準です。これは定めれば良い、という単純な話ではないものの、その基準を導入することで一定のメリットがありそうです。

では撤退基準を定める場合、各社でどのような基準を持っているのでしょうか。
いよいよ本題に入ります。

▼続きは下記からご確認ください。

撤退基準大全:先進企業から学ぶ新規事業の撤退基準②

※本コラムは2024年12月11日(水)に開催した株式会社unlockのウェビナーを、3回に分けて書き下ろしたオリジナルコンテンツです。 ▼前回の記事はこちら 第2部:多様な撤退基準 本セミナーでのメインとなるのがこの第 […]

この記事を書いた人
株式会社unlock 代表取締役社長 津島越朗

得意領域
テクノロジー(AI・ブロックチェーン・IoT等)をベースとした既存産業の革新・効率改善サービス(SaaS等含む)の新規事業
企画・開発・拡大(Growth Hack)、0→1(ゼロイチ)

経歴
2005年 株式会社リクルート入社(人材事業営業部)
2008年 同上(インターネットマーケティング局、マーケティング・新規事業企画)
2011年 株式会社ディー・エヌ・エー入社(サンフランシスコにて現地法人のマーケティング組織の立ち上げ)
2013年 株式会社DeNAライフサイエンス(東京大学医科学研究所と遺伝子検査MYCODEの立ち上げサービス&マーケティング責任者)
2014年 株式会社DeNAロケーションズ 代表取締役社長(海外のテクノロジーベンチャーとの合弁企業)
2016年 株式会社unlock設立